2026年5月30日 相模国一之宮・寒川神社 厄除け・八方除け参拝
4月から政府関係機関への出向で職場環境もがらりと変わりました。高層階のオフィス(27階建ての17階、これまでは磯子火力発電所勤務時代の8階が最高層)、フリーアドレス制(専用デスクがない)、面識のないメンバー(気軽に話ができる人が少ない)、固有のシステム(勤怠、業務管理、出張等)、食堂がない(高い弁当食)などなど。ゼロスタートから少しづつ慣れたとはいえ、業務スピードは思うように上がりません。プライベートも不調気味。笑うことが少なくなったり、うな垂れたりすると『貧乏神』が憑りつくらしい。そういえば、確かに貧乏神が好みそうなコンディションかも。
妻と藤沢で所用を済ませた後、コーヒーを飲みながら『この後どうする?江ノ電でも乗って鎌倉でもいこうか?』と話していると、自分や子供が厄年であることを教えてもらいました。『じゃあ、寒川神社に行ってみようか。八方除けで有名らしいよ』ということで初参拝することにしました。
寒川神社は日本屈指のパワースポット。年間約200万人もの参拝者が訪れます。古くから相模国で最高の社格を持つ「一宮」として君臨し、源頼朝が社殿を造営したり、戦国武将の武田信玄が自らの兜を奉納して勝利を祈願しました。また、天体の運行という物理法則と日本の大地が持つエネルギー(レイライン)が交わる結節点にあります。
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茅ケ崎で相模線に乗り換え宮山駅(最寄駅)に到着
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歩いて10分足らずで参道に到着。境内入口の第三鳥居
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境内には花菖蒲が見ごろ
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参道は木陰でさわやか。手水舎で手を洗い、口をすすぎ清めます。どっしりとした黒御影石の大きな手水鉢に、寒川神社の御神紋である「左三つ巴」が映えていて風格があります。
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早速、ご祈祷の申し込み。妻の言う通り自分は本厄、長男は後厄、次男は前厄でした。お祓いは厄払い(自分、長男、次男)と八方除け(妻)でお願いしました。厄払いを行う目的は、「人生の転換期を、心身ともに健やかに、軌道修正しながら乗り切るため」。自分は出向・セカンドステージへの移行期、子供たちは社会人デビューで環境の激変期、家族ともども人生の過渡期にあり、グッドタイミング!
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お祓い、祝詞奏上、玉串拝礼を無事終えました。知らず知らずのうちに身についた心身の疲れ、ストレスなどの「澱」、ネガティブな感情である「厄」や「穢れ」をお祓いによって綺麗に洗い流し、エネルギー(気)を元の元気な状態にリフレッシュして頂けました。「八方除」もあわせて周りのあらゆる環境から来る災いも取り除いていただけます。寒川イージスシステム装備!
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本殿は銅板葺き。手前に大きく張り出した弓をひっくり返したような唐破風の曲線が美しい
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本殿の右側に設置されている「渾天儀(こんてんぎ)」を組み込んだ方位儀。寒川神社の「八方除」の信仰を象徴するモニュメントです。天体の位置を測る「渾天儀」の球体を、龍が4頭で力強く支えているデザイン。台座の部分は八角形になっていて八方除の信仰と深く結びついていることを物語っています。
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本殿の裏手にある庭園「神嶽山神苑(かんたけやましんえん)」を訪問します。寒川神社の本来の神域を起源とする場所で、長らく禁足地とされていた境内でも最も神聖なエリアです。お祓いされた参拝者に限定公開されています。
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手水舎で改めてお清めします。八角形ですね。
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元大黒の祠へと続く鳥居。かつて寒川神社の本殿が建てられる前に、神様をお祀りしていたとされる寒川神社発祥の地です。
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八起の泉。寒川神社最大のパワースポットと言われています。難波(なんば)の小池もありました。古くから枯れることなく湧き出ている神聖な泉で、寒川神社の本質的なパワーの源泉とされています(撮影禁止)。
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神嶽山神苑の参拝を終え、本殿の正面に構える「神門(しんもん)」の大きな扉の内側から御庭(おにわ)と荘厳な本殿を拝みます。
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境内を守る神門前の狛犬たち。左が口を閉じた「吽形(うんぎょう)」、右が口を開けた「阿形(あぎょう)」
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帰路は参道を歩き寒川駅まで歩きました。第二鳥居はコンクリート製
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第一鳥居(大鳥居)は第二鳥居のコンクリート造りとは異なり、銅板葺きの重厚な鳥居です。
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寒川駅に到着。厄払い・八方除を終え、お守りも装着し、心身の軽快さを取り戻せた気がします。来週も頑張ろう!
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