2026年5月16日 東西線・東葉高速線ウォーク(東京都・千葉県)
東から西へ自宅最寄駅(飯山満駅)から中野駅まで東西線沿いにウォーキング
(44km、消費カロリー2561kcal)
![]()
![]()
![]()
![]()
東京メトロ 東西線は東葉高速線を含め、かれこれ30年ほど通勤でお世話になっています。地上区間の車窓は頭に入っていますが、南砂町から中野までの地上区間の知識は断片的です。というわけで、前回の山手線一周に続いて都歩することにしました。今回は飯山満駅から妙典駅まで妻と一緒のウォーキングです。
山手線一周ウォーキング
山手線ループラインを都歩 – やくも技術士事務所
![]()
![]()
スタートは自宅最寄駅 東京高速線の飯山満駅。自宅から10分少々で到着です(6:12)。ここから西へ歩みを進めます。
![]()
![]()
飯山満-東海神間では、新駅(仮称:海老川新駅)が、2029年3月末の開業を目指して整備が進められています。船橋市立医療センターの移転・新築を中心とした「ふなばしメディカルタウン構想」による大規模なまちづくりも同時に進められます。
![]()
![]()
朝から日差しが強いので海老川沿いに桜の木陰をあるきます。海老川で川鵜を発見。カモなどの水鳥と違い、川鵜の羽には油分が少ないそうです。そのおかげで水中に深く潜って上手に魚を捕らえられるのですが、上がった後はこうして太陽や風に羽を当てて「天日干し」をする必要があるようです。『ジュディーオング』みたいといっても若い人には通じないんだろうなぁ。
![]()
![]()
市場通り沿いにJR船橋駅前を通り過ぎ、東海神駅に到着(7:11)。磯子のIHI独身寮を出て初めて船橋に引っ越してきたのがこの辺り。東武野田線 新船橋駅周辺は旭硝子の向上がなくなり大型商業施設にマンションが立ち並び、大きく変わりましたが、東海神周辺は昔の面影が残っています。
![]()
![]()
歩みを進め、妻が楽しみにしていた石窯のパン屋さんへ。朝7時オープンで既に行列ができています。値段もリーゾナブルでコーヒーもサービス。店の屋外テラスで早速いただきます。カレーパンはサクサクでカレーもしっかり入っていました。これを食べるとヤマザキパンが食べれなくなりそうです。
石窯パン工房店(船橋) | 千葉県の美味しい焼きたてパンの店「ピーターパン」
![]()
![]()
西船橋駅に到着(8:26)。5路線(総武線、武蔵野線、京葉線、東西線、東葉高速線)が乗り入れる千葉県で最も乗降客が多い駅。その割に駅周辺はこじんまり。駅コンコースを北から南へ渡り、東西線の始発駅(西船橋)から東西線沿いにウォーキング開始です。
![]()
![]()
いろいろな風景を見ながら夫婦で会話するのも楽しいものです。そうしている間に、京葉道路を跨ぎ原木中山に到着(9:02)。のどかな住宅街で、高架下にショッピングセンターがあります。
![]()
![]()
江戸川を渡ります。手前の水道橋の奥に東西線が走っています(江戸川第二橋梁)。広々した景色が広がり、のどか。妙典側では潮干狩りを楽しむ人が多数います。
![]()
東京メトロ東西線の車両基地 深川検車区行徳分室。緑のカバーは新車かな。
![]()
![]()
妙典駅に到着(9:56)。2000年に開業。近くに江戸川の河川敷があり、ショッピング施設も充実。始発電車もあるので人気が高い駅です。ここで妻と別行動で単独ウォーキング
![]()
ひたすら高架沿いを進みます(単調)。北側だと日陰になるから歩きやすい。
![]()
![]()
行徳駅に到着(10:15)。世界各国の本格的な料理店(カレー、本格中華、東南アジア料理など)が点在しており、千葉県内でも有数の「ラーメン激戦区」のようです。バスがいすゞもいいですね。
![]()
南行徳駅に到着(10:37)。千葉県内最後の東西線の駅です。
![]()
![]()
行徳駅の高架下はメトロセンターは今風のオープンなデザインにリニューアルされました。高架下特有の細長いトンネル構造になっていて、奥の「1番街・2番街(駅改札方面)」へと人が流れていきます。
![]()
ひたすら高架沿いに歩きます。日が高くなり影が小さくなってきました。
![]()
![]()
快速が停車する浦安駅に到着(11:09)。賑わっています。東西線の東陽町〜西船橋間が開通し、浦安駅が開業したのが昭和44年3月29日。その頃はまだ、浦安町。1981年に浦安市になったとのことです。
![]()
旧江戸川に架かる浦安橋(都県境)を渡ると北側に妙見島。南北に約700メートル、東西に約200メートルほどの小さな島。旧江戸川の流れによって自然に土砂が積み重なってできた「23区唯一の自然島(中州)」です(江戸川区)。
![]()
南側が東西線の江戸川第一橋梁。「下路ランガートラス(アーチ)構造」という、流れるような美しい曲線が特徴的なトラス橋です。
![]()
![]()
妙見島を通り過ぎると、東京スカイツリーが見えてきました。
![]()
![]()
葛西駅に到着(11:57)
![]()
![]()
高架下のメトロセンターを抜けると環七(都道318号)。葛西駅の最大の特徴は、駅前に広がる大規模なバスターミナル。一之江駅や小岩駅、新小岩駅といった区内南北の移動だけでなく、東京ディズニーリゾートや羽田空港・成田空港行きの高速バスも頻繁に発着します。トヨタが開発した燃料電池バス(FCバス)の「SORA(ソラ)」。早くも今年度から後継バスの生産が始まるようです。
「SORA」後継、26年度から生産へ。いすゞ、トヨタが燃料電池路線バスを共同開発 | 旅行総合研究所タビリス
![]()
![]()
そのまま西葛西に向けて高架下のメトロセンターを歩き続けます。面白い居酒屋さん。肯定されると昼から飲めますね。「西葛西メトロセンター」は、1番街から4番街まで続きます。雨の日でも濡れずに日常の買い物や食事が楽しめます。
![]()
![]()
西葛西駅に到着(12:17)。日本で最もインド系住民が多く暮らす街
![]()
コンクリートの壁際にひっそりと、しかし鮮やかに咲くピンクの花は、イモカタバミ
![]()
![]()
中川と荒川を渡ります。右が東西線のトラス橋、左が首都高速中央環状線(C2)です。
![]()
![]()
![]()
1.3キロメートルを超える長い斜張橋
![]()
![]()
荒川中川橋梁は足場がかかっています。吊り足場も。ご安全に!奥は都道10号の荒川河口橋
![]()
橋を渡ると東西線が地下に入っていきます。
![]()
多年草のドクダミの花
![]()
初夏を告げるヒルガオ(昼顔)
![]()
![]()
南砂町駅手前の新砂あゆみ公園。遊具が東西線車両をモチーフにしていてかわいい。こんな公園が近くに欲しいです。
![]()
![]()
南砂町駅に到着(13:05)
![]()
現在の南砂町駅はホームが1面(線路が2本)しかなく、朝のラッシュ時に前が詰まって電車が数珠つなぎになってしまうため、ホームをもう1面、線路をもう1本増やして「交互発着」ができるようにする工事がこの真下で進められています。2027年度の完成に向けて、まさにいまが工事のクライマックス!ご安全に!
南砂町駅改良工事
![]()
![]()
永代通り沿いに進むと越中島視線の踏切(単線)。この路線の終点にある「越中島貨物駅」には、JR東日本の「東京レールセンター」があります。
![]()
![]()
東陽町駅に到着(13:29)。さすがにそろそろ休憩しないと足もお腹も持たない。
![]()
CoCo一番カレーを発見しました。ささみカツ2本カレー、いただきます!
![]()
![]()
運河(大横川)に架かる東陽橋を渡る。春は両岸の桜がきれいなんだろうな。
![]()
![]()
木場駅に到着(14:14)
![]()
永代通りは片側3車線で広々。この下を東西線が走っています。
![]()
豪快な文字が躍る「下木場」の一枚板
![]()
深川の象徴である富岡八幡宮、門前仲町エリアへエントリー
![]()
IHI時代は門前仲町で下車してとぼとぼ豊洲まで歩いてました。まさしく軽トラが進みつある通りを。あの頃はよく休日出勤していたな。
![]()
お安く魚料理が食べられる魚三。刺身が厚かった。
![]()
![]()
門前仲町駅に到着(14:30)
![]()
![]()
運河越しに東京スカイツリーが見える。
![]()
![]()
青空に映える重厚な永代橋。わが国ではじめてスパン100mをこえた橋で、現存する最古のタイドアーチ橋です。関東大震災後の帝都復興事業において、「復興は橋より」というスローガンのもとで大正15年(1926年)に完成しました。
![]()
リベット固定。現代なら突合溶接かな。大正15年(1926年)当時の日本の最先端技術であり、この橋が100年間の巨大地震や交通荷重に耐え抜いてきた実績、堅牢さが素晴らしい。この橋の鋼材を加工し、この強固なリベット構造を工場で組み上げた主契約者(製作施工)が、「東京石川島造船所(現・IHI)」と汽車製造のJV
![]()
西側は佃島。かつてはIHIの東京第一工場でしたが、バブル前に売却。バブル時に売ればよかったのにとIHI時代の年配方々がよく話をしていました。
![]()
永代橋を渡りきり、ついに中央区新川エリアへ。新川は「江戸最大の酒問屋街(新川地家)」として栄えた聖地。現在もその名残で、白鹿をはじめ、大手の蔵元や酒類卸の拠点がこの新川エリアに集積しています。
![]()
![]()
茅場町に到着(14:58)
![]()
![]()
金融・投資の中枢・兜町エリアです。
![]()
![]()
日本橋に到着(15:06)。ここで永代通りと昭和通がクロス。ビルが高いので日陰になって歩きやすい一方で足におもりがついているように重い。後でわかったのですが、それでも午前よりむしろ歩行スピードは上がっていました。不思議です。
![]()
日本橋のランドマーク「コレド日本橋(COREDO日本橋)」のエントランス
![]()
右手にかつての五街道の起点の日本橋
![]()
左に長崎館。長崎にも単身赴任しました。
![]()
![]()
東京・大手町エリアへ。左に東京駅のドーム屋根が見えます。
![]()
![]()
かつてIHIの本社があった新大手町ビルヂング。1958年(昭和33年)に竣工。そろそろ建て替えかな?
![]()
![]()
大手町駅に到着(15:23)
![]()
![]()
皇居方面に進むと『大手町の森』。関東圏域の山々から集められた樹齢30年〜50年ほどの野生の木々(コナラ、クヌギ、エゴノキ、ヤマザクラなど)からなる雑木林
![]()
内堀通りに入りました。都心の主要道路でありながら、皇居外周の5kmコースにはランナーを止める信号機が1つもないので、ランナーの聖地です。「反時計回り(左回り)」ルールがあり、全員が同じ方向を向いて走ります。
![]()
![]()
竹橋駅に到着(15:37)
![]()
その横に皇統の危機を救った忠臣 和気清麻呂の銅像
![]()
![]()
道を間違えて平川門前まで行き過ぎ。仕方なく北の丸公園に入り、武道館の方向に軌道修正。日テレ番組のライブでごった返してました。
![]()
![]()
人の流れに逆行して九段下に到着(16:03)。ここから目白通りに入ります。
![]()
「東京のお伊勢さま」東京大神宮。明治13年(1880年)、明治天皇の御聖断により、伊勢神宮の遙拝殿として日比谷に創建されたことに始まり、昭和3年(1928年)に現在の飯田橋(富士見)の地へ遷座されたとのことです。
![]()
![]()
飯田橋に到着(16:19)。中小企業診断士の受験予備校通いでよく利用しました。
![]()
熊谷組の本社ビル前を通過。「トンネルの熊谷」黒部川第四発電所(黒四)の建設における「大町トンネル(現・関電トンネル)」は映画『黒部の太陽』で有名です。
![]()
![]()
丘を登り神楽坂エリアに。日が落ちてきました。
![]()
![]()
神楽坂駅に到着(16:45)。あと4駅!
![]()
![]()
夕日に照り返る早稲田通りを下っていきます。お寺のお言葉。「自分の意志や努力だけで生きているのではない。生かされている土台(肉体)に、もっと謙虚に、感謝の目を向けなさい」という、原点回帰を促す言葉と生々しく泥臭い現実の自分の人生ではどこかで「こんなはずではなかった」という、拒絶や葛藤の心が生まれてしまうことを肯定する言葉
![]()
![]()
早稲田駅に到着(17:00)
![]()
![]()
早稲田大学があるから本屋さんが多い。店先の本は20円
![]()
![]()
高田馬場駅に到着(17:30)。ついでにJRの駅も撮影。前回の山手線一周で撮影を忘れたためです。弁理士試験の答練で早稲田予備校に通いました。
![]()
![]()
「山手線・西武新宿線」高架下手塚治虫先生のキャラクターたちが大集結した巨大壁画。手塚プロダクションは高田馬場にあるそうです。
![]()
![]()
ひたすら早稲田通りを進みます。中国料理屋が多い。日本人相手ではなさそうな感じ
![]()
![]()
小滝橋交差点を右へ神田川を渡る。
![]()
![]()
落合駅に到着(17:56)。次は中野、あと2キロ足らず。
![]()
夕日が沈んでいく。この何とも言えない寂しさは山も都会も変わらないのが不思議。都会はこれだけ人や車であふれているのに。
![]()
住宅街の路地を抜け、中野駅が目前
![]()
![]()
中野駅にゴール(18:28)!中野駅周辺は、標高約30〜40メートルの武蔵野台地上にあり、登りでしたが傾斜はとても緩やかでした。
![]()
![]()
23区だからにぎやか。そのまま東西線の電車に乗って、飯山満まで電車で逆戻りです。お疲れさまでした!!
