2026年6月13日 有楽町線ウォーク(東京都、埼玉県)
新木場から和光市へ有楽町線を全駅ウォーキング
(35.3km、消費カロリー2259kcal)
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大江戸線都歩の翌日 6月7日に関東も梅雨入りしました。ところがこの土日は晴れ間も出るとの天気予報。最高気温は28℃予想と高めですが、昔勤務していたIHI(石川島播磨重工)のある豊洲の変貌を確認しておきたいと思い、今回は有楽町線を都歩することにいたしました。IHI勤務当時は磯子にあるIHIの独身寮を6時に出て、京浜東北線磯子始発に乗り、寝落ち、田町あたりで目が覚め、ブルートレイン瀬戸に抜かれる光景を眺めた後、有楽町で有楽町線に乗り換えて豊洲に通っておりましたので、古くから利用させていただいた路線です。それでは早速、新木場からスタートいたします。
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自宅から武蔵野線で新木場(Y-24)にやって来ました(6:43)。比較的距離が短いので、すこし遅めのスタートです。今日も空調服(長袖)を着用。ポケットがたくさんあって、寒い時にも暑い時にも都歩では欠かせないアイテムです。
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「木のまち 新木場」という看板のすぐ横に、立派な木彫りのトーテムポールがそびえ立っています。
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夢の島緑道公園には入らず、国道357号線を西進します。
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京葉線が90°北に曲がります。京葉線のたもとには曙運河の水門。右手遠くに東京スカイツリーが見えます。
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辰巳の森緑道公園沿いに辰巳駅を目指します。歩道に自分の影
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公園の中には干支のモニュメント。他の干支と比べて「辰」と「巳」だけひと回り大きく作られ、お互い向かい合って配置されています。地名にちなんだ特別扱いです。
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辰巳に向かう横断歩道を首都高速9号深川線がオーバークロス
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辰巳駅(Y-23)に到着。十二支で、「辰」と「巳」の間は「南東」を指します。この地は皇居(江戸城)から見てちょうど南東の方角にあたることから、「辰巳」という地名がつけられました。
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駅前にある辰のオブジェ。辰が見ている方向にはたこ広場が見えます。
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首都高9号線の高架下を歩くと、桂の葉っぱが初夏の光に透ける新緑がとても鮮やか。足元を見るとドクダミの花
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ガクアジサイが見頃
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三ツ目通りを進む。辰巳橋を渡ると豊洲のタワーマンション群。豊洲エリアに入ってきました。
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晴海通りとクロス。日本ユニシスのビルが正面に見えるこの景色、まだ昔の名残がある。
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晴海通りと三ツ目通りがクロスする豊洲交差点。真ん中のビルが『豊洲センタービル』。IHIの不動産です。このビルが建ったときに豊洲駅エントランスが整備されました。IHIグラニテックの石板が多用されています。三ツ目通りに沿ってゆりかもめの豊洲駅。いかにも「この先へ伸びます」という構造ですが計画はないようです。一方、東京メトロは豊洲駅 〜 東陽町駅 〜 住吉駅(全長 4.8km)の延伸工事が着工しており、2030年代半ばの開業を目指しています。
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豊洲駅(Y-22)に到着。このエントランスはIHI現役時代にもありました。1923年(大正12年)の関東大震災で出た瓦礫を処理して埋め立てた土地でした。1937年(昭和12年)に新しい町名を決める際、「将来、この土地が豊かな島(洲)になるように」という願いを込めて、「豊洲」と名付けられました。
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西側にアーバンドックららぽーと豊洲。ここはIHI東京第一工場(東1)でした。晴海大橋が開通するということで造船所が閉鎖(2002年)され、横浜第三工場に移管されました。私が所属していた技術研究所は晴海通りを挟んだ東京第二工場(東2)にありました。仕事を抜け出し、新日本海フェリーの大型フェリーやイージス艦ちょうかいの進水式を見たりしていました。船台を滑るのがいいんです!
https://funeco.jp/manufactor/ishikawajima-harima-tokyo1/
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技術研究所からボイラ事業部に移動となり、豊洲総合事務所で勤務していました。豊洲総合事務所も跡かたもありません。建物内には「豊洲総合事務所ホール」と呼ばれる大ホールがあり、新入社員の入社式なども毎年ここで執り行われました。また、「豊洲クラブ」というお客様を接待する施設もありました。おいしいお刺身が提供されました。いまは鉄道モニュメントが置かれたビル群に変貌しています。
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IHIの本社ビル。1回訪問したことがあります。
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IHI入社前(1991年)の1989年に廃線になった晴海橋が晴海公園遊歩道として遊歩道に。現役時代は塗装も色あせていましたが、まさか渡れるとは感動です。
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途中にガラススルーがありスリリング。木製枕木がそのまま保存されています。青緑色のトラスは昔薄いブルーだった気がします。
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ここに海上自衛隊の大型護衛艦(DDHひえい)などが係留されていました。クレーンの一部が遺構として残っているようです。
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遠くに晴海大橋
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晴海線を右折。佃大通りを月島に向け進みます。
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朝潮運河を跨ぐ朝潮大橋を渡り、佃大通りを晴海から月島へ
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月島駅(Y-21)に到着。先週の大江戸線都歩コース(清澄通り)と直交します。

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隅田川に架かる佃大橋を渡ります。「聖路加セントルークスタワー」(右)と「聖路加レジデンス」(左)。地上約110メートルの空中回廊(連絡ブリッジ)で繋がっています。下流には先週渡った勝鬨橋

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お刺身や海鮮おつまみが買える築地らしい「冷凍魚介類の自動販売機」。「当たり(杉水産直営店で使える商品券)」もあり、ちょっとした遊び心があるのも面白いですね。
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新富町駅(Y-20)に到着。名前は、明治初期にこの地に移転してきた劇場「新富座」に由来しています。
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三吉橋は首都高中央環状線を跨ぐ
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三吉橋は世界的にも珍しい「三叉(Y字型)」の橋。三叉路の水路に架かる橋でしたが、川は埋め立てられ高速道路を跨ぐ橋になりました。
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昭和通りを陸橋でクロスします。西の紅白鉄塔がある建物が電源開発の本店です。
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看板キャラクターの「横綱ぶた(ぶーちゃん)」が大きく掲げられた矢場とん。門外不出の秘伝の天然醸造みそだれをたっぷりかけた、絶品のとんかつメニューが楽しめます。まだ開店前です(通過)。
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銀座一丁目駅(Y-19)に到着
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銀座らしい柳の木
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広島と福井のアンテナショップ。その他にも北海道、茨城県、高知県などの地方アンテナショップが密集しており、東京にいながら日本全国の美味しいもの巡りができるエリアとしても人気です。
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外堀通りを渡り有楽町エリアへ。左手に東京交通会館。屋上の回転展望レストラン(銀座スカイラウンジ) は、かつて約80分かけて客席が360度ゆっくりと回転する臨海・都心のパノラマレストランでした。現在は回転機構は停止しています。
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有楽町駅(Y-18)に到着。新幹線、山手線、京浜東北線の高架を潜ります。
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東京国際フォーラムは、角度が急できれいフレームに収まりません。
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ご参考に昔、東京交通会館の屋外庭園コリーヌから撮影した写真をアップします。
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東京国際フォーラムが小さくなりますが、こちらはイトーシアから撮影した500系のぞみ
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国道1号をわたり日比谷へ。有楽町線は皇居の日比谷濠下を走っています。
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今上天皇(当時の皇太子殿下)と雅子さまのご成婚を記念して、皇居外苑に整備された47都道府県の花の輪。岡山は「もも」、千葉は「菜の花」です。
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国の重要文化財にも指定されている江戸城の城門、桜田門。桜田門外の変(1860年)の現場
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桜田門駅(Y-17)に到着。皇居外周を巡る皇居ランナーの聖地です。
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桜田濠に沿って永田町に向かいます。
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国会議事堂が見えてきた。ペットボトルのお茶がなくなるも、自販機がない!
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さらに道を間違えて六本木通りに入る。国土交通省や外務省がありました。霞が関料金所のある交差点を国会議事堂方面に進みます。
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国会議事堂の真ん前。桜田門あたりから多くの警官が歩哨しています。
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やっと有楽町線のルートに復帰。道路の向こう側に国会図書館。左手は国会議事堂で自販機はなし。
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永田町駅(Y-16)に到着。日本の政治の最高中枢・心臓部となる街
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青山通りを進むと自由民主党本部。ここだったのか。この先でコンビニを発見。無事、給水できました。
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青山通りからプリンス通りへ。諏訪坂を登ると東京ガーデンテラス紀尾井町。美しい洋館は「赤坂プリンス クラシックハウス(旧李王家東京邸)」。解説板右の赤レンガは、北白川宮能久親王の邸宅の基礎だそうです。
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CoCo一番カレー店の開店まで40分。近くの清水谷公園で時間調整休憩します。
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この場所で大久保利通が暗殺。哀悼碑があります。脇に碑文の内容が解説されています。
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哀悼碑の横に玉川上水の石枡。玉川上水は、羽村取水堰から多摩川の水を遥々43kmも引いてきた巨大な上水インフラの一部です。
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時間調整完了。麹町の手前に文芸春秋のビル
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麴町駅(Y-15)に到着
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駅前には「夏の思い出」というブロンズ像。何か話したそうな雰囲気
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今回も11時開店と同時にCoCo壱番屋に入店。今日はささみカツカレー、2辛、野菜トッピング
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善国寺坂を下る。祭りのぼんぼりや幟がある。今日もまつりかな?
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にぎやかな音とともに祭り行列。江戸三大祭りの筆頭である「山王祭」(日枝神社のお祭り)
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市ヶ谷駅交差点を法大通りへ進む。
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市ヶ谷駅(Y-14)に到着
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しばらく地下道を進みます。壁面にゆりかもめのパブリックアート
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地上に出ると、こんなところにJ-POWERハイテック本店ビル
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法政大学 市ヶ谷キャンパスのビルを見て、外堀公園の木陰を進みます。
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新見附橋からの風景。中央線快速・総武線の電車が頻繁に通ります。
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外堀通りを飯田橋方面へ。通りに面して東京理科大学 神楽坂キャンパス
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キャンパスには坊ちゃんの塔というモニュメント。主人公の「坊っちゃん」は「東京の物理学校」を卒業して四国の松山の中学へ数学教師として赴任。この「東京物理学校」こそが、現在の東京理科大学の前身です。
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単身向け(1R / 1K)で110,000円〜145,000円程度、ファミリー向け(1LDK / 2LDK / 3LDK)で254,000円〜451,000円程度。強気だなぁ。
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飯田橋駅(Y-13)に到着。いったん早稲田通りを登ります。
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飯田橋セントラルプラザはコンコースから賑わっています。
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飯田橋交差点を目白通りへ。前回休憩したファミマのイートインで小休憩
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明治42年(1909年)から翌43年(1910年)にかけて、この地にあった「林田商会(後の日本醸造機械株式会社)」という工場で、日本初の国産飛行機「日野式一号機」が製作されました。ライト兄弟が人類初の有人動力飛行からわずか7年後、まだ世界の航空技術が黎明期だった時代に、日本でも独自の航空インフラへの挑戦が始まっていました。
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目白通りを進みます。頭上には首都高速5号池袋線
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飯田橋交差点近くにもあった「豊しま(とよしま)」。結構人が入っています。おいしいんだろうな。
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江戸川橋駅(Y-12)に到着。この付近を流れる神田川が「江戸川」と呼ばれていた名残で、駅名に反映されています。
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神田川に架かる江戸川橋を渡ります。
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目白通りを護国寺に向かいます。
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目白通りから寄り道して付属校坂をのぼると筑波大学付属高校。都内屈指の進学校
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対面は御茶ノ水女子大
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いったん春日通へ。女子大は150周年か
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正門も立派。落ち着いたキャンパス
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不忍通りを護国寺に向かいます。
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護国寺の惣門。文京区指定有形文化財に指定されています。
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護国寺の仁王門。折角ですので参拝させていただきます。
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門の両脇には、仏教の守護神である「金剛力士(仁王)像」が安置されており、参拝者を迎えています。
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護国寺にあは「音羽富士」があり、富士山へ参拝に行けない人々のために、富士山の溶岩を運んで小さな山(塚)を築き、そこへ登ることで富士山への登拝と同じご利益が得られる「富士塚」があります。
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水屋で手を清めて不老門を潜ります。
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境内には大仏とお地蔵様
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本堂をお参りして先を急ぎます。
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護国寺駅(Y-11)に到着。仁王門の前にあります。
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音羽池袋線を池袋方面へ
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都電荒川線(東池袋4丁目駅)を交差します。
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東池袋駅(Y10)に到着。あと9駅!
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池袋に向かって進みます。右手にサンシャイン60。1978年の完成当時、アジアで最も高いビルとして注目を集めました。
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池袋駅の手前にベンチがあり、小休憩。なんとソックスが左右逆であることに気づき、履き替えました。登山用はLR別なんですね。大江戸線ウォークでは薄手のソックスで足にマメができたので、今回は厚手の登山用ソックスでマメを防止しました。モニュメントは、彫刻家・秋山礼巳氏によって1985年に制作された「α(アルファ)」という作品。東京池袋ライオンズクラブの創立25周年を記念して寄贈されたものです。
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池袋駅手前の人混みです。
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池袋東口につきました。彫刻家・長谷川昂氏による「みどりの風」というモニュメントがあります。
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池袋駅(Y-9)に到着
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地下コンコースから西口へ移動。池袋谷原線を進む。1950年代に映画館「池袋ロマンス座」があり、通り全体が「ロマンス通り」と呼ばれるようになりました。
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要町駅(Y-8)に到着。池袋エリアから徒歩圏内または地下鉄で一駅という立地にありながら、落ち着いた住宅街の雰囲気です。
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池袋谷原線を進む。単調でランドマークなし
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千川駅(Y-7)に到着。「千川」という名称は、かつて地域を流れていた「千川上水」に由来しています。
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池袋谷原線は歩きやすいですが単調です。
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小竹向原駅(Y-6)に到着。東京メトロ有楽町線・副都心線のほか、西武有楽町線が乗り入れています。
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池袋谷原線は小竹トンネルに入り、歩道は脇道から丘を越えます。
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豊島区の「三六道路」の開通を記念したモニュメント。ここの通りをさぶろく四季の道というそうです。
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さぶろく四季の道を氷川台方面へ
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ザクロの花。子供のころザクロの実(つぶつぶ)を食べてました。50年ぶりぐらいに見たのだろうかな。アジサイも綺麗
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環状7号をクロスすると道路整備中でフェンスで区画された間を進む。
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氷川台駅(Y-5)に到着。駅名はこの地にある「氷川神社」に由来しています。
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池袋谷原線をひたすら進む。
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平和台駅(Y-4)に到着。「田柄(たがら)」の一部でしたが、区画整理事業が行われた際、平和への願いを込めて「平和台」という新しい町名が採用されました。
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ワンルーム・1Kで6万円台後半から9万円台前半、1DK・1LDK(DINKs向け)で 11万円から14万円台前半程度、2DK・2LDKで 13万円台から20万円前後ぐらいです。
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有楽町線は環状6号を進みますが北町豊玉線で少しショートカットします。
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ハッスル通り商店街を進みます。商店街はシャッター通り。大型店には勝てないかぁ。
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老舗の「白瀧呉服店」。嘉永6年(1853年)に創業。170年以上の歴史を持つ非常に伝統ある呉服店です。「東京で一番大きい呉服専門店」とも称され、都内最大級の広さを誇る敷地内には、日本庭園や茶室も備わっています。
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赤塚駅(Y-3)に到着。
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幅の広い川越街道(国道254号)を進む。日が落ちてきました。
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成増駅(Y-2)に到着。かつてこの地域に住んでいた「成増氏」という武士あるいは一族の名前がそのまま地名になったという説や 農業の収穫が「実り、増える」という願いや縁起を担いで名付けられたという説もあります。
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後は和光市駅を目指すのみ。
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埼玉県に突入。県道109号で和光市へ。白子川に架かる東埼橋を渡る。
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日は暮れてきたけどゴールは近い。
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道端に元素周期律表のモニュメント。メンデレーフが元素の周期律を発見してから150周年にあたる記念すべき年(2019年)であること、国際純正・応用化学連合(IUPAC)が設立100周年を迎える年であること、国際連合総会によって2019年が「国際周期表年」として宣言されたことから、設置されたものです。
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和光市駅に近づくと足元に元素記号が。ArとCl
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SiはCO2さえ還元できる強力な還元剤。半導体材料ですね。
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Cは有機物を構成する元素。酸化してCO2になると温暖化の原因分子として悪者扱いです。
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Bは金属の特性を劇的に改善する可能性のある元素
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そしてこの元素は仕事に係る元素のH。燃やしてもCO2を発生しないクリーンさが売りですが、水素を製造するときに炭化水素が燃える以上のCO2を発生することもあるし、通常は気体で液化するにはマイナス250℃ぐらいまで冷却しなければならず、輸送コストも高いので、見かけで騙されてはいけません。
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Hのプレートを見たところで和光市駅(Y-1)に到着(17:40)。理化学研究所の最寄駅なんですね。案内板の上部には、和光市のイメージキャラクターである「わこうっち」が設置されています。
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改札は半地下にあります。東武東上線、東京メトロ有楽町線、東京メトロ副都心線の3路線が乗り入れています。
おかげさまで有楽町線も無事踏破できました。次はどの路線にチャレンジしようかな。
以上、お疲れさまでした!!
