「金属をもっと強くしたい」
機械や構造物を設計するとき、これは材料に対する基本的な要求の一つです。
では、金属を強くするにはどうすればよいのでしょうか。
合金元素を加える。
熱処理をする。
結晶粒を細かくする。
冷間加工する。
さまざまな方法がありますが、金属材料学の視点から見ると、これらには共通した考え方があります。
それが、
「転位を動きにくくする」
ことです。
今回は、金属が塑性変形する仕組みから、代表的な4つの強化機構について考えてみます。
そもそも「金属が強い」とはどういうことか
金属に力を加えると、最初は弾性的に変形します。
この段階では、力を取り除けば元の形に戻ります。
しかし、さらに大きな力を加えると、力を取り除いても変形が残るようになります。
これが塑性変形です。
材料を「強くする」ということは、簡単にいえば、
塑性変形を始めにくくすること
と考えることができます。
その代表的な指標が降伏強さや耐力です。
では、金属はどのように塑性変形するのでしょうか。

金属は原子面全体が一度にずれるわけではない
金属は、規則正しく並んだ原子によって結晶をつくっています。
金属が塑性変形するとき、もし原子の面全体を一度にずらそうとすれば、非常に大きな力が必要になります。
ここで、床に敷いたカーペットを横にずらす場合を考えてみましょう。
カーペット全体を一度に引きずって動かそうとすると、大きな力が必要です。
しかし、カーペットの一部を少し持ち上げて「しわ」をつくり、そのしわを端から少しずつ移動させていけば、比較的小さな力でカーペット全体をずらすことができます。
金属の結晶でも、これと似たことが起こります。
実際の金属結晶には、原子が完全に規則正しく並んでいるわけではなく、さまざまな格子欠陥が存在します。
その代表的なものが、
転位(dislocation)
です。
転位は、結晶中に存在する線状の格子欠陥です。
カーペットの「しわ」が少しずつ移動するように、転位が結晶中を移動することで、原子面全体を一度に動かさなくても、結晶を少しずつずらすことができます。
そのため、理想的な結晶を一度にずらす場合よりも、はるかに小さな力で塑性変形が進みます。
つまり、
金属の塑性変形を理解するカギは、「転位が動く」ということです。
そして、この転位の動きを邪魔することが、金属を強くする基本的な考え方になります。

金属を強くする基本は「転位を動きにくくする」
ここまで分かると、金属を強くする考え方が見えてきます。
転位が簡単に動けば、比較的小さな力で塑性変形します。
反対に、転位が動きにくければ、塑性変形させるために、より大きな力が必要になります。
したがって、
金属を強くする
=転位を動きにくくする
と考えることができます。
では、どうやって転位を動きにくくするのでしょうか。
代表的な方法が次の4つです。
① 固溶強化
② 析出強化
③ 結晶粒微細化強化
④ 加工硬化
一つずつ見ていきましょう。
① 固溶強化|異種原子で転位の動きを邪魔する
金属の結晶の中に別の元素が固溶すると、結晶格子に局所的なひずみが生じます。
例えば、母相を構成する原子より大きな原子が入れば周囲を押し広げ、小さな原子が入れば周囲の原子配列に別のひずみを生じさせます。
このような格子ひずみは、転位の移動に影響を与えます。
その結果、転位が移動しにくくなり、材料を塑性変形させるために、より大きな力が必要になります。
つまり、
異種原子を固溶させる
↓
結晶格子にひずみが生じる
↓
転位が動きにくくなる
↓
金属が強くなる
これが固溶強化の基本的な考え方です。
合金元素を添加する目的の一つには、このような強化作用があります。

② 析出強化|微細な析出物を転位の障害物にする
次は析出強化です。
金属の組織中に微細な析出物が存在すると、それが転位の移動を妨げる障害物になります。
転位は析出物にぶつかると、そのまま自由に進むことができません。
析出物を切って進んだり、析出物を迂回したりする必要があります。
そのため、転位を移動させるために、より大きな力が必要になります。
つまり、
微細な析出物を形成する
↓
転位の障害物になる
↓
転位が動きにくくなる
↓
金属が強くなる
という仕組みです。
析出強化は、耐熱鋼やアルミニウム合金、Ni基超合金など、さまざまな実用材料で利用されています。

③ 結晶粒微細化強化|結晶粒界で転位を動きにくくする
一般的な金属材料は、多数の小さな結晶からできています。
一つ一つを結晶粒、その境界を結晶粒界と呼びます。
一つの結晶粒の中を移動してきた転位が粒界に到達すると、隣の結晶粒では結晶方位が異なるため、そのまま簡単に移動を続けることができません。
つまり、
結晶粒界も転位の移動を妨げる障害物
になります。
そこで結晶粒を細かくすると、転位が粒界に到達するまでの距離が短くなり、転位の移動が妨げられやすくなります。
その結果、材料の強度が上昇します。
この関係は一般にHall-Petch(ホール・ペッチ)の関係として知られています。
結晶粒を細かくする
↓
転位の移動が粒界で妨げられる
↓
金属が強くなる
という考え方です。
前回取り上げた焼ならしによる組織の微細化も、ここにつながってきます。
熱処理によって組織を整えることが、なぜ機械的性質の改善につながるのか。
強化機構を理解すると、その理由が見えてきます。

④ 加工硬化|転位を増やして転位自身で邪魔をする
金属を冷間加工すると、加工前より硬く、強くなることがあります。
これが加工硬化です。
塑性変形が進むと、金属内部の転位密度が増加します。
転位が少ない状態では比較的移動しやすかった転位も、その数が増えてくると転位同士が相互作用するようになります。
すると、転位同士が互いの移動を妨げます。
つまり、
塑性加工する
↓
転位が増える
↓
転位同士が干渉する
↓
転位が動きにくくなる
↓
金属が硬く、強くなる
という仕組みです。
冷間圧延、冷間引抜き、曲げ加工などで材料が硬くなるのも、この加工硬化によるものです。
一方、加工硬化した材料を加熱すると、回復や再結晶によって転位の状態や組織が変化し、材料は再び軟らかくなっていきます。
ここでも、前回取り上げた焼なましとのつながりが見えてきます。

4つの強化機構を整理してみよう
ここまでの4つの強化機構を整理すると、違いが見えてきます。
| 強化機構 | 転位の邪魔をするもの | 基本的な考え方 |
|---|---|---|
| 固溶強化 | 固溶原子による格子ひずみ | 異種原子を利用する |
| 析出強化 | 微細な析出物 | 微細粒子を障害物にする |
| 結晶粒微細化強化 | 結晶粒界 | 粒界を利用する |
| 加工硬化 | 他の転位 | 転位自身を増やす |
方法は違っても、共通しているのは、
「転位を自由に動かさない」
ということです。
これが金属の強化機構を理解するうえで重要なポイントです。

実際の材料では複数の強化機構が働いている
ここまで4つの強化機構を分けて説明してきました。
しかし、実際の金属材料では、一つの強化機構だけが働いているとは限りません。
合金元素による固溶強化
微細な析出物による析出強化
結晶粒の微細化
加工による転位密度の増加
これらが組み合わさって、実用材料の強度がつくられています。
したがって実際の材料を見るときには、
「この材料は何によって強くなっているのか」
を考えることが重要です。
化学成分だけを見るのではなく、
成分 → 熱処理 → 組織 → 強化機構 → 機械的性質
までつなげて考える。
そうすると、材料の見え方が大きく変わってきます。

まとめ 金属を強くするには「転位」を動きにくくする
今回は、金属を強くする代表的な4つの強化機構について見てきました。
固溶強化では、異種原子による格子ひずみを利用する。
析出強化では、微細な析出物を障害物にする。
結晶粒微細化強化では、結晶粒界を利用する。
加工硬化では、転位そのものを増やして互いの移動を妨げる。
方法は違います。
しかし、その根底にある考え方は共通しています。
金属を強くするには、転位を動きにくくする。
これが今回、一番覚えていただきたいポイントです。
これまで取り上げてきた炭素鋼、Fe-C系平衡状態図、マルテンサイト、焼入れ・焼戻し、焼ならし・焼なましも、強化機構という視点から見直してみると、それぞれの知識が少しずつつながってきます。
材料を単独の知識として暗記するのではなく、
組織が変わる
↓
転位の動きが変わる
↓
材料の性質が変わる
↓
設備としての性能が変わる
という流れで考える。
材料がわかると、設備の見え方が変わる。
これが「重工系材料学」で伝えたい材料の見方です。

くろがねくんの一言
「転位が動くから、金属は小さな力でも変形できるんだ!」

<執筆者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
材料から設備を診る! 技術経営コンサルタント






