鋼の基本は、鉄(Fe)と炭素(C)です。
これまでの重工系材料学では、炭素量によって鋼の組織や性質が変化すること、さらに焼入れ・焼戻しなどの熱処理によって組織を変え、必要な強度や靭性を得ることを見てきました。
では、実際の機械や設備に使用されている鋼を見るとどうでしょうか。
材料の化学成分表には、
Cr(クロム)
Mo(モリブデン)
Ni(ニッケル)
Mn(マンガン)
など、炭素以外にもさまざまな元素が含まれています。
なぜ、わざわざこうした元素を加えるのでしょうか。
単純に鋼を硬くするためなのでしょうか。
実はそうではありません。
合金元素には、
- 焼入れしやすくする
- 高温でも強度を維持しやすくする
- 靭性を高める
- 摩耗に強くする
- 腐食や酸化に強くする
- 組織を安定させる
など、それぞれ異なる役割があります。
今回は、代表的な合金元素であるCr・Mo・Niを中心に、
「なぜ鋼に合金元素を加えるのか」
を考えてみます。
炭素ですべての性能を満たすことはできない
鋼を強くする最も基本的な元素は炭素です。
一般に、炭素量が増えるとパーライトやセメンタイトの割合が増え、鋼の強度や硬さは高くなります。
さらに焼入れを行えば、硬いマルテンサイト組織を得ることもできます。
それなら、
「もっと強い鋼が欲しければ、炭素を増やせばよいのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、材料はそれほど単純ではありません。
炭素量を増やせば強度や硬さは高くなる一方で、一般に、
靭性が低下する
溶接性が悪くなる
加工が難しくなる
といった問題が生じます。
つまり、
強度だけを求めて炭素量を増やしていけばよいわけではありません。
実際の機械や設備では、
「強いこと」
だけでなく、
「壊れにくいこと」
「溶接できること」
「高温でも使えること」
「厚い部材でも内部まで必要な組織が得られること」
など、複数の性能を同時に満たす必要があります。
そこで登場するのが合金元素です。

合金鋼とは
鋼にCr、Mo、Ni、Mnなどの元素を意図的に加え、必要な性能を持たせた鋼を、広い意味で合金鋼と呼びます。
重要なのは、
合金元素は、単に鋼を強くするために加えるのではない
ということです。
材料に求められる性能は、使用される環境によって異なります。
自動車部品であれば、強度や疲労特性、加工性などが重要になります。
大型機械であれば、厚い断面の内部まで必要な強度を確保する必要があります。
高温設備であれば、長時間高温にさらされても強度を維持できなければなりません。
低温環境では、脆く破壊しにくい靭性が求められます。
つまり合金元素とは、
使用環境に必要な性能を、鋼の中につくり込むための元素
と考えると分かりやすいでしょう。

合金元素を加えると何が変わるのか
合金元素の作用は非常に複雑ですが、まず大きく分けて考えてみましょう。
代表的な効果には、次のようなものがあります。
焼入性を高める
前回までの記事で見てきたように、焼入れではオーステナイトを急冷し、マルテンサイトを生成させます。
しかし、大型部材では表面と内部で冷却速度が異なります。
表面は速く冷却できますが、内部はゆっくりとしか冷却されません。
そのため炭素鋼では、
表面はマルテンサイトになっても、内部ではフェライトやパーライトが生成する
ことがあります。
そこでCr、Mo、Mnなどを添加すると、フェライトやパーライトなどへの変態が起こりにくくなり、比較的遅い冷却速度でもマルテンサイトを得やすくなります。
これが、
焼入性の向上
です。
焼入性とは、
どの程度、部材の内部まで焼きが入りやすいか
を表す性質です。
大型部材では特に重要な特性になります。

組織を変える
合金元素の中には、鋼の相や組織の安定性を変えるものがあります。
例えばCrやMoは、フェライト側を安定化する元素として作用します。
一方、Niはオーステナイトを安定化する代表的な元素です。
合金元素を加えることで、
どの温度で、どのような組織が安定するのか
が変化します。
つまり合金元素は、
単に材料の化学成分を変えているだけではなく、
鋼の組織そのものをコントロールしている
ともいえます。

炭化物などの析出物を形成して強化する
Cr、Mo、Vなどの元素は、炭素と結びついて炭化物を形成することがあります。
こうした微細な炭化物は、転位の移動を妨げる障害物になります。
前回の記事で説明した、
析出強化
につながる考え方です。
つまり、
合金元素を加える
↓
微細な析出物をつくる
↓
転位が動きにくくなる
↓
材料が強くなる
という流れです。
ここでも、
金属を強くする基本は「転位を動きにくくすること」
という考え方がつながってきます。

Cr(クロム)の効果
では、代表的な合金元素を一つずつ見ていきましょう。
まずはCr(クロム)です。
Crは、合金鋼で非常によく使用される元素です。
主な効果として、
- 焼入性を高める
- 強度を高める
- 耐摩耗性を改善する
- 高温での強度や耐酸化性を改善する
- 添加量が多くなると耐食性を大きく向上させる
などがあります。
特に重要なのが焼入性の向上です。
Crを添加すると、オーステナイトからフェライトやパーライトへの変態が起こりにくくなります。
そのため炭素鋼よりも遅い冷却速度でもマルテンサイトを生成しやすくなります。
厚い機械部品でも、表面だけでなく内部まで必要な組織を得やすくなるわけです。
さらにCrは炭化物を形成しやすい元素でもあります。
こうした炭化物は耐摩耗性や高温強度にも関係します。
またCrの添加量が大きくなると、鋼の表面に安定した酸化皮膜が形成されやすくなり、耐食性が著しく向上します。
この性質を積極的に利用した代表的な材料がステンレス鋼です。
ステンレス鋼については、別の記事で詳しく取り上げます。

Mo(モリブデン)の効果
次はMo(モリブデン)です。
MoもCrと同様、焼入性を高める元素です。
しかしMoには、それだけではない重要な役割があります。
特に、
高温で使用される材料
を考えるときに重要になります。
Moには、
- 焼入性を高める
- 高温強度を改善する
- 焼戻し後の強度を確保する
- 炭化物を形成して強化に寄与する
- 焼戻し脆性を抑制する
などの効果があります。
火力発電設備や石油化学設備などでは、材料が数百℃という高温に長時間さらされます。
このような環境では、
室温で強いだけでは十分ではありません。
長時間、高温で応力を受け続けても変形や破壊を起こしにくいことが求められます。
そのため高温用材料では、CrとMoを組み合わせたCr-Mo鋼が広く利用されてきました。
さらに高温・高圧の条件になると、より高いCr量を含む耐熱鋼なども使用されます。
発電設備の材料を見ると、
なぜCrとMoが入っているのか
が非常に重要な意味を持っていることが分かります。

Ni(ニッケル)の効果
続いてNi(ニッケル)です。
NiはCrやMoとは少し性格が異なります。
代表的な特徴は、
靭性を改善すること
です。
靭性とは簡単にいえば、
材料が割れずに粘り強く耐える能力
です。
材料は強度が高くても、脆く簡単に破壊してしまっては実用上困ります。
特に低温では、鋼の靭性が低下することがあります。
Niを添加することで低温での靭性を改善できるため、低温環境で使用される鋼などにも利用されます。
またNiはオーステナイトを安定化する代表的な元素です。
そのためCrと組み合わせることで、常温でもオーステナイト組織を安定して存在させることができます。
この作用を利用した代表的な材料が、
オーステナイト系ステンレス鋼
です。
代表的なSUS304などにCrとNiが含まれているのには、きちんと材料学的な理由があります。
Mo・Niの
役割はそれぞれ違う
Mn・V・Nb・Bなどの役割
鋼に添加される元素はCr・Mo・Niだけではありません。
例えばMn(マンガン)は、鋼の製造で広く利用される元素であり、焼入性や強度にも影響します。
V(バナジウム)やNb(ニオブ)は、微細な炭化物や炭窒化物を形成することで、析出強化や結晶粒の微細化に利用されます。
B(ボロン)は非常に少ない添加量でも、条件によって焼入性を大きく向上させることがあります。
つまり鋼の化学成分表に記載されている元素には、
一つひとつ役割があります。
材料を見るときには、
「この元素が何%入っている」
だけではなく、
「なぜ、この元素を入れているのだろう」
と考えることが重要です。
合金元素をたくさん入れればよいわけではない
ここまで読むと、
「それなら合金元素をたくさん加えれば、もっと高性能な鋼になるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、そう簡単ではありません。
合金元素を増やすことで性能が向上する一方、
- 溶接性
- 加工性
- 熱処理性
- 製造性
- 材料コスト
などに影響することがあります。
例えば高強度化した材料ほど、溶接時の割れに対して注意が必要になる場合があります。
合金元素が増えれば材料価格も上昇します。
さらに、必要以上に高性能な材料を使用しても、設備として合理的とは限りません。
材料選定で大切なのは、
最も強い材料を選ぶことではありません。
設備の使用温度、圧力、荷重、腐食環境、製造方法、溶接施工、寿命、コストなどを考慮して、
必要な性能を持つ材料を選ぶこと
です。

材料記号だけでなく「なぜその元素が入っているのか」を見る
機械材料を勉強すると、
SCM
SNCM
など、さまざまな材料記号が出てきます。
これらをすべて暗記しようとすると、材料学は非常につまらないものになってしまいます。
しかし、
Crは何をしているのか
Moはなぜ必要なのか
Niを加えると何が変わるのか
と考えると、材料記号の意味が少しずつ見えてきます。
そして設備を見るときも、
単なる材料名ではなく、
なぜ、この設備にはこの材料が使われているのか
という視点を持てるようになります。

合金元素と「4つの強化機構」はつながっている
前回の記事では、金属を強くする代表的な方法として、
固溶強化
析出強化
結晶粒微細化強化
加工硬化
を紹介しました。
合金鋼も、この考え方と無関係ではありません。
例えば合金元素が鉄の結晶格子に固溶すれば、格子にひずみを与え、転位を動きにくくします。
微細な炭化物や炭窒化物を形成すれば、それらが転位の障害物になります。
さらに、合金元素によって熱処理時の変態挙動を変え、必要な組織をつくることもできます。
つまり、
合金元素を加えること
熱処理すること
組織を制御すること
転位を動きにくくすること
は、それぞれ別々の話ではありません。
すべてつながっているのです。

まとめ 合金元素は「必要な性能をつくり込む」ために加える
今回は、鋼にCr・Mo・Niなどの合金元素を加える理由について見てきました。
炭素は鋼の強度を考えるうえで非常に重要な元素です。
しかし、炭素だけですべての性能を実現することはできません。
そこでCr、Mo、Niなどの合金元素を利用します。
Crは焼入性や耐摩耗性、耐酸化性などを改善します。
Moは焼入性に加え、高温強度などの改善にも重要な役割を果たします。
Niは靭性や低温特性を改善し、オーステナイトを安定化します。
そして最も大切なのは、
合金元素は、鋼をただ強くするために加えるのではない
ということです。
設備が使用される温度
加わる荷重
部材の大きさ
腐食環境
必要な靭性
製造方法や溶接性
こうした条件に合わせて、
必要な性能を鋼につくり込む。
そのために合金元素が使われています。
材料の化学成分を見るときには、
成分 → 組織 → 性質 → 使用環境
までつなげて考えてみましょう。
そうすると、単なる材料記号だった鋼材の向こう側に、
「なぜ、この材料がこの設備に使われているのか」
が見えてきます。

くろがねくんの一言
「合金元素は、鋼に必要な性能をつくり込むために入れるんだ!」

<執筆者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
材料から設備を診る! 技術経営コンサルタント






