【重工系材料学】マルテンサイトとは何か|CCT線図でわかる冷却速度と鋼の組織変化

マルテンサイト アイキャッチ Technology

前回は、Fe-C系平衡状態図を使って、炭素量と温度によって鋼の組織がどのように変化するのかを見てきました。

【重工系材料学】Fe-C系平衡状態図を理解する|鋼の組織は温度と炭素量でどう変わるのか
Fe-C系平衡状態図を理解する ― 鉄は温度と炭素量で姿を変える鉄鋼材料を理解するうえで、避けて通れないのがFe-C系平衡状態図です。最初に見ると、線が多くて少し取っつきにくい図に見えるかもしれません。しかし、考え方はそれほど難しくありませ...

しかし、実際の鋼材はいつもゆっくり冷却されるわけではありません。

焼入れでは急冷しますし、溶接部は短時間で高温まで加熱されたあと、急速に冷却されます。

つまり実際の製造や使用環境では、

「どの温度まで加熱したか」だけでなく、「どのくらいの速さで冷えたか」

が非常に重要です。

この冷却速度によって、鋼の組織は大きく変わるのです。

その代表的な組織の一つが、今回取り上げるマルテンサイトです。

マルテンサイトとは何か

鋼をオーステナイト域まで加熱したあと、十分な速さで冷却すると、オーステナイトからマルテンサイトが生成します。

通常、オーステナイトをゆっくり冷却すると、炭素原子が拡散しながらフェライトやセメンタイトなどへ変化していきます。

しかし急冷すると、炭素原子が十分に拡散する時間がありません。

そのため、炭素を鉄の結晶中に過飽和に残したまま、結晶構造が一気に変化します。

これがマルテンサイト変態です。

マルテンサイト変態は、炭素などの原子が長距離を移動することなく進行するため、無拡散変態と呼ばれます。

フェライトやパーライトの生成が、炭素原子の拡散を伴って進行するのに対し、マルテンサイト変態では鉄原子が協調的にわずかに移動することで結晶構造が変化します。

この「拡散を待たずに、一気に結晶構造が変わる」ことが、マルテンサイト変態の大きな特徴です。

マルテンサイトの生成

マルテンサイトは硬い?

「マルテンサイトは硬い」

これは材料学の入門書でよく出てくる説明です。

確かに、多くの炭素鋼ではマルテンサイト化によって硬さや強度が大きく上昇します。

しかし、

マルテンサイトになれば必ず硬くなる

というわけではありません。

マルテンサイトの硬さは、特に炭素量に大きく影響されます。

低炭素鋼では、マルテンサイトが生成しても硬さは比較的低くなります。

一方、炭素量が多くなるほど、炭素を過飽和に含んだ結晶のひずみが大きくなり、硬さも高くなります。

つまり、

マルテンサイトという組織の名前だけでは、材料の硬さは決まらない

ということです。

材料を見るときには、

組織+炭素量+合金元素+熱処理状態

まで考える必要があります。

マルテンサイトの硬さ

マルテンサイトは強い?

オーステナイトを急冷すると、炭素原子が十分に拡散できず、鉄の結晶中に過飽和の状態で残ります。

その結果、結晶格子には大きなひずみが生じます。

また、マルテンサイト組織には高い転位密度を持つ場合も多く、転位の移動が妨げられます。

材料の塑性変形は、主に転位の移動によって起こります。

したがって、転位が動きにくくなれば、

強度や硬さは高くなる

方向に働きます。

ただし、その程度は鋼種によって異なります。

マルテンサイトは強い

冷却速度によって鋼の組織は変わる

同じ鋼をオーステナイト域から冷却しても、冷却速度が違えば生成する組織は変わります。

概念的には、

ゆっくり冷却
→ フェライト・パーライト

それより速く冷却
→ 条件によってベイナイト

さらに速く冷却
→ マルテンサイト

という関係になります。

ただし実際には、一種類の組織だけが生成するとは限りません。

例えば、

  • フェライト+パーライト
  • ベイナイト+マルテンサイト
  • フェライト+ベイナイト+マルテンサイト

といった混合組織になることもあります。

この冷却速度と組織変化の関係を見るために使われるのが、CCT線図です。

CCTとは、

Continuous Cooling Transformation

の略です。

日本語では、一般に連続冷却変態線図と呼ばれます。

縦軸に温度、横軸に時間をとり、オーステナイト状態から連続して冷却したときに、

どの温度で、どの組織への変態が始まるのか

を示します。

CCT線図を見ることで、

ある冷却条件で、最終的にどのような組織になるのか

を予測することができます。

CCT曲線

CCT線図はどう読むのか

CCT線図を読むときのポイントは、変態開始線・終了線に冷却曲線を重ねて見ることです。

CCT線図には、フェライト、パーライト、ベイナイトなどが、どの温度・時間で生成し始め、どこで変態が終了するのかが示されています。

そこに、実際の冷却条件を表す冷却曲線を重ねます。

例えば冷却が比較的遅い場合、冷却曲線はフェライトやパーライトの変態領域を通過します。

すると、オーステナイトは冷却途中でフェライトやパーライトへ変態していきます。

一方、冷却速度を速くすると、フェライトやパーライト、ベイナイトへの変態が十分に進む前に温度が低下します。

その結果、オーステナイトの一部、あるいは多くが低温まで残ることになります。

そして温度がさらに低下し、ある温度に達するとマルテンサイト変態が始まります。

この温度がMs点です。

Msとは、

Martensite Start

の略で、マルテンサイト変態が始まる温度を示します。

さらに温度を下げていくと、マルテンサイトへの変態量は増えていきます。

そして、マルテンサイト変態がほぼ終了する温度をMf点と呼びます。

Mfとは、

Martensite Finish

の略です。

ここで重要なのは、マルテンサイト変態がフェライトやパーライトのような拡散変態とは異なることです。

フェライトやパーライトへの変態では、炭素原子が移動するための時間が重要になります。

一方、マルテンサイト変態は無拡散変態であり、基本的にはMs点以下へどこまで温度を下げたかによって変態量が増えていきます。

したがって、

Ms点を下回ったからといって、すべてのオーステナイトが直ちにマルテンサイトになるわけではありません。

Ms点はあくまで変態の開始温度です。

そこからさらに温度を下げることでマルテンサイト量が増加し、Mf点付近まで冷却すると変態がほぼ終了します。

このためCCT線図を見るときには、

「冷却曲線がどの変態領域を通るのか」

と同時に、

「Ms点以下までどこまで冷却されるのか」

を見ることが重要です。

CCT線図

TTT線図との違い

CCT線図とよく似たものに、TTT線図があります。

TTTとは、

Time Temperature Transformation

の略で、日本語では恒温変態線図と呼ばれます。

TTT線図では、オーステナイト状態から目的の温度まで急冷したあと、その温度で一定時間保持したときに、どのように組織変態が進むのかを見ます。

つまり、温度を一定に保った状態で、

「どのくらいの時間が経つと変態が始まり、いつ終了するのか」

を見る線図です。

TTT線図

一方、CCT線図では、オーステナイト状態から温度を連続的に下げながら、どのような組織へ変態していくのかを見ます。

整理すると、

TTT線図:一定温度に保持したときの変態を見る

CCT線図:連続的に冷却したときの変態を見る

という違いがあります。

両者はよく似ていますが、同じ線図ではありません

実際の焼入れや溶接では、材料の温度は一定に保たれるのではなく、時間とともに連続的に低下していきます。

そのため、実際の熱処理や溶接後の組織を考える場合には、CCT線図の方が実際の冷却過程をイメージしやすいといえます。

ただし、TTT線図も無意味なわけではありません。

TTT線図は、温度と時間が変態挙動にどのような影響を与えるのかを理解するうえで非常に重要であり、鋼の変態そのものを理解するための基本的な線図です。

つまり、

TTT線図で「変態の基本」を理解し、CCT線図で「実際の冷却」を考える。

このように捉えると、両者の役割が分かりやすくなります。

合金元素を加えると何が変わる?

ここからが、実用鋼を考えるうえで重要です。

Cr、Mo、Mn、Niなどの合金元素を加えると、オーステナイトからフェライトやパーライトへ変態する速度が遅くなる場合があります。

するとCCT線図上では、変態曲線が長時間側へ移動します。

その結果、

それほど急激に冷却しなくても、マルテンサイトやベイナイトを得やすくなる

ことがあります。

この性質が焼入れ性です。

焼入れ性とは、

どれだけ深い位置まで焼入れ組織を形成しやすいか

という性質です。

例えば大型の丸棒を焼入れすると、表面は急速に冷えます。

しかし中心部は冷却速度が遅くなります。

焼入れ性の低い鋼では、

表面はマルテンサイト
中心部はパーライト

といった状態になることがあります。

一方、焼入れ性の高い合金鋼では、より内部までマルテンサイトやベイナイト組織を形成しやすくなります。

大型機械や厚肉部材に合金鋼が使用される理由の一つがここにあります。

焼入性

溶接部でもCCT線図は重要

CCT線図は、熱処理だけのためのものではありません。

溶接でも重要です。

溶接部周辺では、材料が短時間で高温まで加熱され、その後冷却されます。

特に溶接熱影響部、いわゆるHAZでは、場所によって熱履歴が大きく異なります。

そのため、

  • 最高到達温度
  • オーステナイト粒径
  • 冷却速度

も場所によって変わります。

結果として、同じ鋼材でも、

場所によって異なる組織が生成する

ことがあります。

冷却が速すぎる場合には、硬いマルテンサイト組織が生成することがあります。

そのため溶接施工では、

予熱

入熱管理

パス間温度管理

後熱

などによって、冷却速度をコントロールします。

溶接熱影響部

Fe-C系平衡状態図からCCT線図へ

ここまで見ると、前回のFe-C系平衡状態図との違いが見えてきます。

Fe-C系平衡状態図は、

温度と炭素量

によって、平衡状態でどのような相が存在するのかを示します。

一方、CCT線図は、

時間と冷却速度

によって、実際にどのような組織が形成されるのかを考えるための図です。

つまり、

平衡状態図だけでは、実際の熱処理や溶接をすべて説明することはできません。

材料を実際の設備へつなげて考えるには、

温度、時間、冷却速度

まで見る必要があります。

平衡状態図とCCT線図

まとめ 鋼は「冷やし方」で変わる

鋼の性質は、化学成分だけでは決まりません。

同じ鋼でも、

どの温度まで加熱したか

どのくらい保持したか

どの速さで冷却したか

によって、生成する組織は大きく変わります。

マルテンサイトは、その代表的な例です。

ただし、

マルテンサイトだから必ず非常に硬い

わけではありません。

その性質は、

炭素量、合金元素、組織、焼戻し状態

などによって変化します。

そしてCCT線図を見ることで、

冷却速度が組織をどのように変えるのか

が見えてきます。

くろがねくんの一言

「マルテンサイトだから硬い、で終わらせない。大事なのは、成分と冷却履歴まで見ることだよ!」

くろがねくん