材料技術が支える火力発電プラント用耐熱鋼
エネルギープラントや火力発電の技術を支える「耐熱鋼」の世界。600℃を超える高温・高圧の過酷な環境下で、ボイラチューブや配管が破断せずに耐え続けられるのは、材料技術の進化のおかげです。
今回は、日本の火力発電の高効率化(USC:超々臨界圧)を大きく推し進めた耐熱鋼、「HCM12A」(ASME Grade 122:T122 / P122)について解説します!

開発者を主導した住友金属工業(当時)の椹木義淳(工博)さん
USCボイラ過熱器管、再熱器管用オーステナイト系耐熱鋼 Super 304H(火SUS304J1HTB)の開発者でもあります。
HCM12Aってどんな材料?
HCM12A(Grade 122)は、住友金属工業(現:日本製鉄)と三菱重工業の共同開発によって生み出された火力発電の超々臨界圧(USC)ボイラの主蒸気管、高温再熱蒸気管、管寄せなどに使用するために開発された高強度・高耐食性の12Cr系フェライト系耐熱鋼(鋼管)です。
一言で言うと、「高温強度」と「耐食性・耐酸化性」を兼ね備えた、最高峰のフェライト系耐熱鋼でした(『でした』の詳細は追って掲載するブログでお話しします)。
600℃超級USCプラントにおいてHCM12Aを採用する本質的な目的は、「フェライト鋼ならではの優れた熱特性と扱いやすさを活かしたまま、配管の薄肉化による熱ストレス低減と、12%Crによる水蒸気酸化トラブルのシャットアウトを同時に達成すること」 にあります。
600℃未満の温度領域を支える王者が Grade 91 だとすれば、600℃超級という未知の領域へ高効率化の扉を開いた鍵こそが HCM12A(Grade 122) なのです。

HCM12Aの設計思想
従来材である改良9Cr-1Mo鋼(Grade 91)に対し、1.3倍以上の高温強度と優れた耐食性を両立させる成分設計が図られました。

(出典)住友金属 Vol.47 No.4 (1995) / P29
12%Cr鋼強度ボイラ用鋼管(HCM12A)の開発(第1報)
クロムを約11〜12%まで増やしています。これにより、600℃を超えるような高温蒸気環境での耐酸化性(スケールの発生しにくさ)を改善しています。

(出典)住友金属 Vol.47 No.4 (1995) / P29
12%Cr鋼強度ボイラ用鋼管(HCM12A)の開発(第1報)
Moの一部をW(タングステン:約2%)に置き換え、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、N(窒素)を複合添加することで、高低温域での析出強化および固溶強化を図り、600℃における許容引張応力を改良9Cr-1Mo鋼の1.3倍以上に引き上げています。

(出典)火力原子力発電技術協会誌 Vol.45 No.11 (1994)
超高温高圧ボイラ用材料の実用化(横山・増山)
高Cr・高W化に伴い発生しやすいδ-フェライトを抑制するため、Cu(銅)を1%添加し、C量を上げずにマルテンサイト組織を確保しています。
600℃級USC主要配管への適用

橘湾火力発電所 2号ボイラの主蒸気管に採用されました。

磯子火力発電所 新1号ボイラの主蒸気管に採用されました。
新2号ボイラは主蒸気管、高温再熱蒸気管の両方に採用されました。
【技術の光と影】フェライト系耐熱鋼の決定版「HCM12A」—その栄光と波乱のドラマ
「周回遅れ……」圧倒された技術力の差
HCM12Aは、住友金属工業(現・日本製鉄)と三菱重工業の共同開発によって誕生した、まさに当時の国産技術の結晶とも言える高強度12Cr鋼でした。
当時、私がIHIに勤務していた頃、このHCM12Aの優れた高温強度と物性値、そして開発スピードを目の当たりにしたときの衝撃は今でも忘れられません。
IHIの当時の手札に改良9Cr-1Mo鋼(Grade 91)しかない状況で、他社の圧倒的な開発力と先見性に大きな差を痛感させられた瞬間でもありました。発電プラントの高温高圧化(USC化)を牽引する次世代の要として、まさに「理想の鋼」に見えたのです。

期待の星から、現場でのトラブル顕在化へ
しかし、材料技術の歴史は一筋縄ではいきません。
現場への適用が進み、実際の運用が重ねられるにつれて、初期の実験室データだけでは予見しきれなかった現場レベルでのトラブルや課題が徐々に顕在化していくことになります。
特に接合部(溶接部)のクリープ強度の低下や組織安定性を巡る問題など、実機環境特有の厳しい条件下での挙動が顕著となり、現場は対応に追われることとなりました。
改良9Cr-1Mo鋼へのリプレース
結果として、HCM12Aが担うはずだったポジションは、より現場での実績と組織安定性に優れる「改良9Cr-1Mo鋼(P91/T91系)」へと次第に置き換わっていくことになります。
一時は「最高峰」と称えられた新材料が、実機の試練を経て信頼性重視の材料へと主役の座を譲る。
この事例は、プラントエンジニアリングにおける「材料選定の難しさ」と「実績・安定運転の重み」を深く教え込んでくれる出来事でした。
おわりに
新材料の誕生に伴う歓喜と、その後の現場での葛藤。HCM12Aが辿った軌跡は、日本の火力発電技術が限界に挑み続けてきた証でもあります。
具体的なトラブルのメカニズムや、改良9Cr-1Mo鋼への移行プロセスにおける技術的詳細については、追って本ブログにて深く掘り下げて掲載させていただく予定です。
ぜひご期待ください!
<著者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
USC・PFBC ボイラの基本設計・材料評価・損傷解析を担当。 現在は火力発電設備の材料選定・余寿命評価等を得意分野とする技術経営コンサルタント
