はじめに|高温強度を高めれば、より高温のボイラをつくれるのか
火力発電プラントでは、発電効率を高めるために蒸気条件の高温・高圧化が進められてきました。
蒸気温度が高くなると、ボイラの過熱器管、再熱器管、管寄せ、主蒸気管などの高温耐圧部材には、より高いクリープ強度が求められます。
前回紹介した改良9Cr-1Mo鋼(P91・T91)は、焼戻しマルテンサイト組織と微細な析出物によって高温強度を改善し、600℃級の超々臨界圧(USC)火力発電プラントの実用化を支えた代表的な材料です。
しかし、耐熱鋼の開発はそこで終わりませんでした。
さらに高い高温強度を目指して開発されたのが、P92(NF616)やP122(HCM12A)などの高強度フェライト系耐熱鋼です。
これらの材料では、W(タングステン)などの合金元素を利用し、焼戻しマルテンサイト組織の安定性を高めることで、改良9Cr-1Mo鋼を上回るクリープ強度が追求されました。
ところが、長時間クリープ試験データの蓄積や実機での使用経験によって、開発当初の強度評価を見直す必要が生じました。
一部の鋼種では許容引張応力が引き下げられ、設備の健全性評価や材料選定にも影響を与えています。
今回は、P91からP92・P122への発展を振り返りながら、高強度フェライト鋼の合金設計、金属組織、長時間クリープ強度、そして設備材料としての信頼性について考えてみましょう。
高強度フェライト系鋼とは|USCを支える理由
高強度フェライト系耐熱鋼とは、Crをおおむね9~12%含み、焼戻しマルテンサイト組織などを利用して高温強度を高めた耐熱鋼です。
従来の2.25Cr-1Mo鋼などの低合金鋼と比較して、600℃付近における高温強度に優れていることが特徴です。
代表的な鋼種には、次のようなものがあります。

これらの材料に共通するのは、単にCr量を増加させるのではなく、合金元素の種類と添加量、熱処理条件、金属組織を組み合わせて高温強度を確保するという考え方です。
高温耐圧部材では、材料の許容引張応力が高ければ、同じ圧力・温度条件で必要肉厚を小さくできる場合があります。
特に管寄せや大径蒸気配管では、薄肉化による重量低減や起動停止時の熱応力低減が期待できます。
このため、高強度フェライト鋼の開発は、USCプラントの高温化と設備設計の合理化を支える重要な技術でした。

P91からP92へ|NF616は何を改善したのか
改良9Cr-1Mo鋼は、約9%Crと約1%Moを含み、V・Nb・Nなどによる析出強化を利用しています。
これに対してNF616(P92)は、Moの一部をWに置き換え、さらに微量のB(ホウ素)などを添加することで、長時間の高温強度を改善することを目指した材料です。
代表的な合金設計を比較すると、次のようになります。

※代表的な合金設計の比較であり、実際の規格成分範囲とは異なります。
P92の特徴は、Wによる固溶強化と析出物・組織の安定化を利用し、長時間のクリープ強度を高めようとしたことです。
また、Bは粒界近傍の析出物や組織の安定性に関係し、長時間強度を改善するための重要な添加元素として利用されています。
つまり、P92はP91の合金設計を発展させ、より高い温度での使用を目指した9Cr系耐熱鋼なのです。

12Cr系への発展|HCM12Aは何を目指したのか
9Cr系耐熱鋼に続いて、高い高温強度と耐水蒸気酸化性を目指して開発されたのが、HCM12A(P122)です。
HCM12AはCr量を約12%に高め、W・Mo・V・Nb・Nなどを組み合わせた高強度フェライト系耐熱鋼です。
さらにCuを添加することで組織制御にも工夫が加えられています。
P91、P92、P122を比較してみましょう。

※概略比較です。添加元素や組織の詳細は鋼種・製品仕様によって異なります。
Cr量を増加させると、一般に耐水蒸気酸化性の改善が期待できます。
しかし、Cr量を増やせば必ずクリープ強度が向上するわけではありません。
高Cr鋼では、長時間使用中の析出物の変化や、金属間化合物の形成などが高温強度に影響する場合があります。
そのため、P122でも合金元素と金属組織の適切な制御が重要になります。

高温強度を支える金属組織|W添加と微細析出物の役割
P91、P92、P122の高温強度を理解するには、焼戻しマルテンサイト組織の特徴を知る必要があります。
これらの鋼では、焼ならしによってマルテンサイト組織を形成し、その後の焼戻しによって高温で使用するための強度と靭性のバランスを調整します。
焼戻しマルテンサイト組織は、旧オーステナイト粒界、パケット境界、ブロック境界、ラス境界などの階層的な組織を持っています。
この組織を安定化させるうえで重要なのが、M₂₃C₆型炭化物やMX型炭窒化物です。
M₂₃C₆型炭化物
主として組織境界に析出し、境界の移動や組織の回復を抑える役割を果たします。
MX型炭窒化物
VやNbなどを含む微細な析出物で、転位の移動を妨げることによって析出強化に寄与します。
Wによる強化
Wは固溶強化に寄与するとともに、長時間使用中の析出挙動や組織安定性にも影響します。
ただし、長時間の高温使用によって析出物の粗大化や新たな相の形成が進む場合があります。
このため、合金元素を添加したときの初期強度だけでなく、長時間使用した後の金属組織がどのように変化するかが重要なのです。

長時間クリープ試験で明らかになった高Cr鋼の課題
P92やP122などの高強度フェライト鋼は、開発時のクリープ試験で優れた高温強度を示しました。
しかし、火力発電設備の設計では、数万時間から10万時間以上の長時間にわたる材料強度を評価する必要があります。
開発初期には、そのような長時間の試験データを十分に得ることが難しく、比較的短時間(3万時間程度)の試験結果から長時間強度を推定することがあります。
ここに、高温材料の強度評価の難しさがあります。
長時間使用中には、焼戻しマルテンサイト組織の回復、析出物の粗大化、析出相の変化などが進行します。
その結果、短時間側の試験結果から予測したクリープ破断強度と、実際の長時間側の強度との間に差が生じる場合があります。
また、溶接継手では母材とは異なる損傷が発生することがあります。
特に注意が必要なのが、溶接熱影響部(HAZ)の母材寄りの細粒域や二相域で生じるType IVクリープ損傷です。
このような長時間強度の低下や溶接継手の損傷は、高Cr鋼の実用化後に重要な技術課題となりました。

許容引張応力の下方修正
高Cr鋼の長時間クリープ強度に関する問題が顕在化した代表的な事例が、2004年6月に発生した火SUS410J3製高温再熱蒸気管の漏えいです。
その後の調査では、溶接部のクリープ破断強度が設計当初の予想よりも低いことが明らかになりました。
さらに、母材についても長時間クリープ破断強度の評価を見直す必要があることが確認されました。
これを受けて、高Cr鋼の長時間クリープ強度に関する検討が進められ、寿命評価式、許容引張応力、溶接継手強度低減係数が再評価されました。
2012年に発表された橋本らの論文「最新データに基づく寿命評価式,許容引張応力および長手継手の溶接継手強度低減係数」には、その検討結果がまとめられています。
代表的な許容引張応力の比較を示します。

この比較から、P122系では高温側の許容引張応力が大きく引き下げられたことがわかります。
一方、P92系については、この論文に示された改訂では一律の引下げとはなっていません。
許容引張応力の改訂を論じる場合には、鋼種、製品形状、温度、改訂時期を区別する必要があります。
また、許容引張応力だけでなく、溶接継手の強度低減係数や寿命評価式も見直されていることが重要です。
材料の強度評価が変われば、設備の設計条件や余寿命評価の結果も変わる可能性があるのです。

高強度フェライト鋼から改良9Cr-1Mo鋼へ|実機における材料選定の見直し
P92やP122は、改良9Cr-1Mo鋼を上回る高温強度を目指して開発された材料です。
しかし、設備材料の選定では、開発時の強度が高いという理由だけで材料を使い続けることはできません。
長時間クリープ強度の評価が見直されれば、既設設備についても健全性を再評価する必要があります。
その結果によっては、使用条件の見直し、検査の強化、余寿命評価、部材の補修・取替えなどが必要になります。
また、設備の使用条件や構造設計によっては、より長い使用実績を持つ改良9Cr-1Mo鋼を採用することも選択肢になります。
NF616やHCM12Aから改良9Cr-1Mo鋼への取替え事例を考えるとき、重要なのは、材料の強度だけではなく、設備としての信頼性を総合的に評価することです。
仮に高温強度が優れた材料であっても、長時間強度の不確実性や溶接継手の損傷リスクを考慮すれば、別の材料を選択する方が合理的な場合があります。
ただし、材料の取替えは単純な置換ではありません。
許容引張応力が異なれば必要肉厚が変わり、配管重量、熱応力、支持装置、溶接施工条件などにも影響します。
したがって、材料変更には設備全体の再評価が必要になります。
高強度材料を採用することと設備の長期信頼性を確保することは、必ずしも同じではないのです。

高強度フェライト系鋼の開発が残した教訓
P91からP92、P122への発展は、耐熱鋼の高温強度を改善するための重要な技術開発でした。
WやBなどの添加、析出物の制御、焼戻しマルテンサイト組織の安定化によって、従来鋼を上回る高温強度が追求されました。
一方、長時間クリープデータの蓄積によって、開発当初の強度評価を修正しなければならない場合があることも明らかになりました。
ここから、設備技術者として考えておきたいことがあります。
第一に、高温材料の強度は初期の材料試験結果だけでは評価できないということです。
第二に、母材の強度が高くても溶接継手の強度や健全性が同じとは限らないということです。
第三に、許容引張応力や寿命評価式は新しいデータによって見直される場合があるということです。
そして第四に、材料の選定は材料単体の性能ではなく、設備全体の安全性と信頼性から判断する必要があるということです。
高強度フェライト鋼の開発とその後の評価の見直しは、材料技術と設備保全が密接につながっていることを示す事例といえます。

まとめ|材料の高温強度と長期信頼性の両立
P91からP92・P122への発展は、600℃級USC火力発電プラントの高温化を支えた重要な材料技術の進歩です。
P92ではWやBなどの添加、P122では高Cr化とW・Cuなどの添加によって、焼戻しマルテンサイト組織の高温強度と安定性の改善が図られました。
しかし、材料開発時に優れた高温強度を示しても、長時間の使用によって金属組織が変化し、クリープ強度が低下する場合があります。
実際に、高Cr鋼では長時間クリープ破断データの蓄積や実機での損傷を踏まえて、許容引張応力や寿命評価方法の見直しが進められました。
これに伴い、超々臨界圧(USC)プラントでは、長期間プラントを停止して、超臨界圧(SC)プラントでは経験のない主配管(主蒸気管、高温再熱蒸気管)の更新をすることになりました。
重要な社会インフラを支える構造材料の実用化について得た教訓は、
その材料が、実際の設備で長期間にわたって安全に使用できるかどうかを評価すること
でした。

参考文献
1. 藤田利夫:「火力発電プラント用耐熱鋼の発展」,『まてりあ』,Vol.40,No.11,pp.938–942(2001)
2. 榊原瑞夫,桝本弘毅,小川忠雄,高橋常利,藤田利夫:「ボイラ用高強度9Cr-0.5Mo-1.8W(NF616)鋼管」,『火力原子力発電』,Vol.38,No.8,pp.841–849(1987).
3. 椹木義淳,五十嵐正晃,伊勢田敦朗,山本里巳,増山不二光:「12%Cr系高強度ボイラ用鋼管(HCM12A)の開発(第1報)―HCM12A鋼管の諸特性および実缶使用性能―」,『住友金属』,Vol.47,No.4,pp.29–38(1995).
4. 橋本正徳,木村一弘,屋口正次,中井浩之:「最新データに基づく寿命評価式,許容引張応力および長手継手の溶接継手強度低減係数」,『火力原子力発電』,Vol.63,No.12,pp.1027–1031(2012).
くろがねくんの一言
「新しい材料が、いつまでも強いとは限らないんだ。長く使ったときの組織変化まで考えることが、設備を守る第一歩だよ!」

<執筆者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
材料から設備を診る! 技術経営コンサルタント





