はじめに
発電用ボイラでは、蒸気温度や圧力の上昇に伴って、より高い高温強度を持つ材料が求められてきました。
前回は、従来の2.25Cr-1Mo鋼と、その高温強度を改良したHCM2Sについて説明しました。

HCM2Sは、Moの大部分をWに置き換え、VやNbなどを添加することで高温強度を改善した材料です。
一方、耐熱鋼の発展には、もう一つ重要な流れがあります。
それがCrの添加量を約9%に高めた高Crフェライト系耐熱鋼の開発です。
その代表的な材料が改良9Cr-1Mo鋼です。
改良9Cr-1Mo鋼は、ASME規格ではP91、T91などと呼ばれています。
この材料は、高いクリープ強度を持つことから、超々臨界圧発電プラントの過熱器管、再熱器管、管寄せ、主蒸気管などの高温耐圧部材に広く使用されてきました。
では、なぜ改良9Cr-1Mo鋼は高温に強いのでしょうか。
単にCrの添加量を増やしたからでしょうか。
実際はそれほど単純ではありません。
高Cr化に加えてV・Nb・Nによる微細析出物の形成と焼戻しマルテンサイト組織の制御が重要なのです。
今回は、改良9Cr-1Mo鋼の合金設計と金属組織を中心に、その高温強度を支える仕組みを考えてみましょう。
改良9Cr-1Mo鋼とは
① 改良9Cr-1Mo鋼の基本
改良9Cr-1Mo鋼は、約9%のCrと約1%のMoを含む高Crフェライト系耐熱鋼です。
代表的な鋼種には、次のようなものがあります。

これらは基本的に同じ改良9Cr-1Mo系の材料ですが、製品形状や適用規格によって鋼種名が異なります。
ここで注意したいのは、従来の9Cr-1Mo鋼と改良9Cr-1Mo鋼は同じではないということです。
従来の9Cr-1Mo鋼にも約9%Crと約1%Moが含まれています。
しかし、改良9Cr-1Mo鋼では、さらにV、Nb、Nなどを適切に添加しています。
これらの元素が、高温強度を改善するうえで重要な役割を果たしています。
② 開発の背景
改良9Cr-1Mo鋼は、米国のオークリッジ国立研究所を中心として開発された材料です。
開発初期には高速増殖炉の蒸気発生器用材料として研究が進められました。
その後、高い高温強度と加工性・溶接性を持つことから、火力発電設備への適用も進められました。
IHIが1985年に発表した「ボイラ用改良型9Cr-1Mo鋼の特徴と実用化」では、材料の高温強度だけでなく、曲げ加工、溶接継手、実缶試験なども評価されています。
これは、材料の実用化には強度だけでなく、実際の設備を製作できる工作性を確認することが重要だからです。

なぜCrを約9%まで増やしたのか
① 耐水蒸気酸化性の改善
Crを添加する目的の一つは耐水蒸気酸化性を改善することです。
発電用ボイラの過熱器管や再熱器管では管内面が高温の水蒸気にさらされます。
高温の水蒸気中では、鋼管の内面に酸化スケールが形成されます。
この酸化スケールは、使用温度や時間に応じて成長し、場合によっては剥離することがあります。
剥離した酸化スケールは、管の曲がり部などに堆積し、蒸気流路の閉塞や管の過熱につながるおそれがあります。
また、下流の蒸気タービンに流入した場合にはエロージョンなどの原因になることもあります。
そのため、高温の蒸気環境で使用するボイラ管では酸化スケールの生成・成長・剥離を抑制することが重要になります。
Crは、鋼の表面に形成される酸化スケールの組成や性質に影響する元素です。
一般に、Crの添加量を増やすことで、耐水蒸気酸化性の改善が期待できます。
2.25Cr-1Mo鋼と比較すると、約9%のCrを含む改良9Cr-1Mo鋼は、高温の水蒸気環境に対して優れた耐酸化性を示します。
ただし、約9%のCrを含んでいれば、高温の水蒸気中でも酸化しないという意味ではありません。
改良9Cr-1Mo鋼でも、高温水蒸気中では酸化スケールが形成されます。
また、9%Cr鋼では、ステンレス鋼のような連続した保護性の高いCr₂O₃皮膜が常に形成されるわけではありません。
形成される酸化スケールの組成や成長速度は、Cr含有量、使用温度、蒸気環境、使用時間などによって変化します。
一方、ボイラ管の外面では、高温の燃焼ガスや灰などによる酸化・腐食も問題になります。
したがって、改良9Cr-1Mo鋼の耐酸化性を考える際には管内面の耐水蒸気酸化性と管外面の高温酸化・腐食環境を区別して評価する必要があります。
② Crを増やすだけでは高温強度は決まらない
では、Crの添加量を増やせば、クリープ強度も必ず向上するのでしょうか。
実際はそうではありません。
高温でのクリープ強度は、Crの添加量だけでは決まりません。
母相の金属組織、析出物の種類や分布、転位密度なども重要になります。
また、Crは炭化物の形成にも関係し、金属組織の安定性や高温強度に影響します。
そのため、改良9Cr-1Mo鋼では、Crを約9%に高めるだけでなく、VやNb、Nなどの添加量も調整しています。
さらに、適切な熱処理によって焼戻しマルテンサイト組織を形成させ、微細な析出物による強化を利用しています。
つまり、改良9Cr-1Mo鋼は、Crの添加によって耐酸化性の改善を図るとともに、合金元素と金属組織の制御によって高温強度を確保した材料なのです。

改良9Cr-1Mo鋼の合金設計
改良9Cr-1Mo鋼の代表的な化学成分を整理してみましょう。

※代表的な合金設計値です。製品規格の厳密な成分範囲を示したものではありません。
ここで注目したいのが、V、Nb、Nです。
これらは添加量としては少量ですが、微細な析出物を形成することで高温強度の確保に重要な役割を果たします。
① Moによる固溶強化
Moは、母相に固溶して高温での変形抵抗を高める元素です。
高温で応力が作用すると、材料中では転位の移動などによってクリープ変形が進行します。
Moは、こうした変形に対する抵抗を高める固溶強化元素の一つです。
ただし、Moによる固溶強化だけで改良9Cr-1Mo鋼の高温強度が決まるわけではありません。
② V・Nb・Nによる析出強化
VやNbは、CやNと結びついて炭化物や炭窒化物を形成します。
代表的なものがMX型析出物です。
ここでいうMはVやNbなどの金属元素、XはCやNを表します。
例えば、次のような析出物が形成されます。
- Vを主体とする炭窒化物
- Nbを主体とする炭窒化物
- V・Nbを含む複合的なMX型析出物
これらは非常に微細な粒子として母相中に分散します。
微細な析出物が存在すると、転位の移動を妨げるため、高温での変形抵抗が高まります。
このような強化機構を析出強化と呼びます。
ただし、析出物は高温で長時間使用すると、粗大化したり分布が変化したりする場合があります。
したがって、析出物を微細に形成することだけでなく、長時間使用時にその強化効果を維持することも重要です。

改良9Cr-1Mo鋼の金属組織は焼戻しマルテンサイト
① 焼戻しマルテンサイトとは
改良9Cr-1Mo鋼の高温強度を理解するうえで重要なのが、焼戻しマルテンサイト組織です。
マルテンサイトは、オーステナイトからの変態によって形成される組織です。
改良9Cr-1Mo鋼では、焼ならし後の冷却によって主としてマルテンサイト組織を形成させ、その後に焼戻しを行います。
こうして得られる組織が、焼戻しマルテンサイトです。
② 焼ならしと焼戻しの役割
改良9Cr-1Mo鋼では、適切な焼ならしと焼戻しによって金属組織を調整します。
焼ならしでは、材料をオーステナイト域まで加熱した後に冷却し、マルテンサイト組織を形成させます。
次に焼戻しを行うと、転位の一部が回復するとともに、炭化物や炭窒化物が析出します。
IHIの開発論文では、当時の熱処理条件として、焼ならし1040℃以上、焼戻し730℃以上が示されています。
ただし、実際の熱処理条件は、適用規格や製品条件に従って設定する必要があります。
重要なのは、硬いマルテンサイトを形成させるだけでなく、焼戻しによって高温使用に適した組織へ調整することです。
③ マルテンサイト組織の内部構造
焼戻しマルテンサイト組織を詳しく見ると、内部には次のような階層的な構造があります。
旧オーステナイト粒
→ パケット
→ ブロック
→ ラス
ラスは、細長い板状のマルテンサイト組織です。
また、マルテンサイト組織には多くの転位が導入されています。
これらの境界や転位構造は、高温における変形抵抗に影響します。
しかし、これらの組織だけでは十分ではありません。
高温で長時間使用しても組織が容易に変化しないよう、析出物による強化が必要になります。

M₂₃C₆とMX型析出物が高温強度を支える
改良9Cr-1Mo鋼では、主にM₂₃C₆型炭化物とMX型炭窒化物が高温強度に関係します。
① M₂₃C₆型炭化物
M₂₃C₆型炭化物は、主としてCrを含む炭化物です。
焼戻しマルテンサイト組織では、旧オーステナイト粒界やパケット境界、ブロック境界などに析出します。
これらの析出物は、境界の移動や組織の回復を抑えることに寄与します。
その結果、ラス構造などの組織を維持し、高温強度の確保につながります。
② MX型炭窒化物
一方、MX型析出物は、VやNbを主体とする微細な炭化物・炭窒化物です。
これらはラス内部の母相中などに微細に分散して存在します。
微細なMX型析出物は、転位の移動を妨げることで高温強度に寄与します。
したがって、改良9Cr-1Mo鋼では、
M₂₃C₆による組織境界の安定化
と、
MX型析出物による転位運動の抑制
が重要になります。
さらに、焼戻しマルテンサイトのラス構造や転位組織も高温強度を支えています。
つまり、改良9Cr-1Mo鋼の高温強度は特定の一つの析出物だけでなく、複数の組織要素が組み合わさることによって確保されているのです。

従来の2.25Cr-1Mo鋼より高温強度が優れる理由
従来の2.25Cr-1Mo鋼も、長年の使用実績を持つ優れた耐熱鋼です。
しかし、高温になるほど許容引張応力が低下し、必要肉厚が大きくなる場合があります。
改良9Cr-1Mo鋼では、合金設計と焼戻しマルテンサイト組織の制御によって、高温強度が大きく改善されました。
許容引張応力の比較図でも600℃における改良9Cr-1Mo鋼の許容引張応力は、従来の2.25Cr-1Mo鋼の2倍以上となっています。
このような高温強度の向上は、発電設備の設計に大きく影響します。
同じ温度、圧力、管径の条件であれば、高い許容引張応力を持つ材料を使用することで、必要肉厚を小さくできる場合があります。
特に、管寄せや主蒸気管のような厚肉耐圧部材では、薄肉化による重量低減や、起動停止時の熱応力の低減が期待できます。
つまり、改良9Cr-1Mo鋼の高温強度の向上は、単なる材料性能の改善ではなく、設備の構造設計を合理化することにもつながったのです。
なお、許容引張応力は適用する規格や技術基準、その改訂時期によって異なる場合があります。実際の肉厚設計では、適用する技術基準に定められた値を使用する必要があります。

改良9Cr-1Mo鋼にも限界がある
① 長時間使用による組織変化
改良9Cr-1Mo鋼は、高温強度に優れた材料ですが、その強化組織が永久に維持されるわけではありません。
高温で長時間使用すると、次のような変化が進行する場合があります。
- M₂₃C₆やMX型析出物の粗大化
- ラスやサブグレインの粗大化
- 転位密度の減少
- 析出物の種類や分布の変化
こうした組織変化によって、高温での変形抵抗が低下する場合があります。
つまり、製造時の強度が高くても、長期間使用した後の強度まで保証されるわけではありません。
② 溶接熱影響部のType IVクリープ損傷
改良9Cr-1Mo鋼で特に重要なのが、溶接部の健全性です。
溶接部では、母材、溶接金属、溶接熱影響部で金属組織が異なります。
溶接熱影響部は、溶接時の熱サイクルによって金属組織が変化した部分です。
特に、母材に近い細粒HAZや二相域HAZでは、母材に比べてクリープ強度が低下する場合があります。
このような領域で生じる代表的な損傷がType IVクリープ損傷です。
母材のクリープ強度が高くても、溶接継手の長時間強度が十分でなければ、設備全体の健全性を確保することはできません。
このため、改良9Cr-1Mo鋼の実用化では、溶接継手の強度評価や施工管理が重要な技術課題になりました。
③ 許容引張応力の見直し
もう一つ重要なのは、材料の長時間強度に関する評価が、新しい試験データの蓄積によって見直される場合があることです。
高Crフェライト系耐熱鋼では、長時間クリープ破断データの評価を踏まえて、許容引張応力が見直されてきました。
材料の強度評価が変更されれば、既設設備の必要肉厚や余寿命の再評価が必要になる場合があります。
したがって、改良9Cr-1Mo鋼の寿命評価では、設計時の材料強度だけでなく、最新の評価データや実際の使用履歴、溶接部の状態などを考える必要があります。

9Cr-2Mo鋼と改良9Cr-1Mo鋼は何が違うのか
改良9Cr-1Mo鋼が開発される以前にも、9%Cr系耐熱鋼の高温強度を改善する取り組みが進められていました。
その代表的な材料の一つが、9Cr-2Mo鋼(HCM9M)です。
9Cr-2Mo鋼は、住友金属工業と三菱重工業などによって実用化が進められた高Cr耐熱鋼です。
1980年に発表された「9Cr-2Mo鋼管の実用化」では、従来の9Cr-1Mo鋼に対して高温強度と溶接性を改善するため、低炭素化とMo添加量の増加を図ったことが紹介されています。
① 9Cr-2Mo鋼の合金設計
9Cr-2Mo鋼の特徴は、Crを約9%含みながら、Moを約2%に増やしていることです。
さらに、炭素量を低く抑え、フェライトと焼戻しマルテンサイトの混合組織を形成するように成分を調整しています。
この組織によって、高温強度と溶接性の両立が図られました。
一方、改良9Cr-1Mo鋼では、Moを約1%とし、V・Nb・Nなどによる微細析出強化を積極的に利用しています。
両者の特徴を比較してみましょう。

※代表的な合金設計と組織の比較です。実際の性質は熱処理条件や使用温度によって変わります。
② 9Cr-2Mo鋼ではフェライトと焼戻しマルテンサイトを組み合わせる
ここで注目したいのが、両材料の金属組織の違いです。
9Cr-2Mo鋼では、フェライトと焼戻しマルテンサイトの混合組織を利用しています。
開発論文では、フェライト中の炭化物や、焼戻しマルテンサイト中の微細な炭化物などが、高温での組織安定性と強度に関係することが報告されています。
また、炭素量を低く抑え、フェライトを含む組織とすることで、溶接熱影響部の過度な硬化を抑え、溶接割れ感受性を改善することが狙いの一つでした。
これに対して、改良9Cr-1Mo鋼では、焼戻しマルテンサイト組織を基本とし、M₂₃C₆型炭化物とMX型炭窒化物による強化を利用しています。
つまり、同じ約9%Crを含む耐熱鋼でも、金属組織と強化機構の考え方が異なるのです。
③ 9Cr-2Mo鋼も高温強度と実用性を改善した材料
9Cr-2Mo鋼の開発論文では、当時の許容引張応力の比較として、500℃以上でSTBA24より約29~57%、従来の9Cr-1Mo鋼であるSTBA26より約40~71%高い値が報告されています。
また、過熱器管や再熱器管への適用を想定して、曲げ加工性、溶接性、耐酸化性、実缶試験などの評価も行われました。
このように、9Cr-2Mo鋼も、高温強度だけではなく、設備材料としての実用性を考慮して開発された材料です。
ただし、ここで示した許容引張応力は開発当時の評価値であり、現在の設計値を示すものではありません。
④ 高温強度を高める方法は一つではない
9Cr-2Mo鋼と改良9Cr-1Mo鋼を比較すると、高温強度を改善するための合金設計には異なる方法があることがわかります。
9Cr-2Mo鋼では、低炭素化、Mo量の増加、フェライトと焼戻しマルテンサイトの混合組織によって、強度と施工性のバランスを追求しました。
一方、改良9Cr-1Mo鋼では、V・Nb・Nによる微細析出強化と焼戻しマルテンサイト組織を組み合わせています。
つまり、
同じ9%Cr系耐熱鋼でも、合金元素と金属組織の制御方法によって、高温強度と施工性を改善するための異なる設計思想が成立する
ということです。
この考え方は、前回紹介したHCM2Sにも共通しています。

改良9Cr-1Mo鋼とHCM2Sは何が違うのか
ここで、前回紹介したHCM2Sと比較してみましょう。

HCM2Sは、2.25%程度のCr量を維持しながら、Wなどの添加とベイナイト組織の制御によって高温強度を改善した材料です。
一方、改良9Cr-1Mo鋼は、Crを約9%に増やし、焼戻しマルテンサイト組織と微細な析出物を組み合わせた材料です。
両者は、合金設計や金属組織が異なります。
しかし、共通する重要な考え方があります。
それは、
合金元素の種類と添加量を調整し、金属組織を制御することで高温強度を確保する
ということです。
また、どちらの材料も、高温強度が優れているという理由だけで使用されるわけではありません。
実際の材料選定では、耐酸化性、溶接性、加工性、使用実績、経済性などを総合的に考える必要があります。

改良9Cr-1Mo鋼の実用化がUSCの実現を支えた
① 高効率化のために蒸気温度を高くする
火力発電プラントでは、熱効率を向上させるため、蒸気条件の高温・高圧化が進められてきました。
しかし、蒸気温度を高くすると、ボイラの過熱器管、再熱器管、管寄せ、蒸気配管などに求められる高温強度も高くなります。
従来の2.25Cr-1Mo鋼では、温度の上昇によって許容引張応力が低下し、必要肉厚が大きくなる場合があります。
特に大径の蒸気配管や管寄せでは、肉厚の増加が設備重量や起動停止時の熱応力に影響します。
そのため、蒸気温度の高温化を実現するには高温強度に優れた耐熱鋼の実用化が重要な技術課題でした。
② 碧南火力発電所3号機への適用
その代表的な事例が、中部電力の碧南火力発電所3号機です。
1991年に石川島播磨重工業(IHI)が発表した「中部電力㈱碧南火力発電所3号ユニット向け高温再熱蒸気温度(596℃)採用ボイラの計画」では、改良9Cr-1Mo鋼の採用が紹介されています。
碧南火力発電所3号機は、1993年6月の運転開始を目指して建設された700MWの石炭火力発電設備です。
ボイラの代表的な蒸気条件は次のとおりです。

この設備では、当時の国内事業用プラントとして先進的な596℃の高温再熱蒸気条件が採用されました。
そして、その高温蒸気条件を実現するために、改良9Cr-1Mo鋼が重要な役割を果たしました。
③ 改良9Cr-1Mo鋼の採用によって蒸気配管を薄肉化
碧南3号ボイラでは、再熱器出口側の高温部材に改良9Cr-1Mo鋼が採用されました。
具体的には、
- 再熱器出口部の非加熱管
- 再熱器出口管寄せ
- 高温再熱蒸気管
などです。
ここで注目したいのが、必要肉厚の低減効果です。
IHIの論文では、高温再熱蒸気管を従来の2.25Cr-1Mo鋼で計画した場合と比較して、改良9Cr-1Mo鋼の採用によって肉厚を約45%低減できたと報告されています。
肉厚を小さくできれば配管重量の低減につながります。
また、厚肉部材では、起動停止時に内外面温度差が生じ、熱応力が発生します。
薄肉化によって温度差に起因する熱応力を低減できれば、配管系の信頼性向上にも有利になります。
つまり、改良9Cr-1Mo鋼の高温強度は、単に材料試験の数値を改善しただけではありません。
実際の蒸気配管の寸法と構造設計を変えることにつながったのです。
④ 高強度材料を設備に適用するための技術開発
ただし、高温強度に優れた材料が開発されても、そのまま発電設備に使用できるわけではありません。
管寄せや大径蒸気配管では、曲げ加工、溶接、熱処理などの施工技術が必要になります。
碧南3号ボイラでは、改良9Cr-1Mo鋼を用いた大径の溶接鋼管を採用するにあたって、実物と同じ寸法のモックアップを製作し、検証が行われました。
鋼板の曲げ加工性、溶接施工性、溶接鋼管の高温強度などが確認されています。
これは、高強度材料の開発と、実際の設備として使用するための製造・施工技術の確立が、両方必要であることを示しています。
⑤ 材料の進歩が蒸気条件の高温化を可能にする
ここまでの事例から、発電設備の高温化と材料技術の関係が見えてきます。
一般に、発電効率を高めるために蒸気温度を上げ、そのために耐熱材料を開発する、と考えます。
もちろん、それで間違いではありません。
しかし、設備設計の視点では、
使用できる材料の高温強度が、実現可能な蒸気条件を左右する
ともいえます。
改良9Cr-1Mo鋼の実用化は、まさにその一例です。
従来の2.25Cr-1Mo鋼では厚肉化が問題となる高温条件でも、改良9Cr-1Mo鋼の高いクリープ強度を利用することで、設備設計上の選択肢が広がりました。
このような耐熱鋼の進歩は、超々臨界圧(USC)火力発電プラントの高温化を支える重要な要素となりました。
ただし、USCの実現は改良9Cr-1Mo鋼だけによるものではありません。
過熱器・再熱器の伝熱面配置、耐水蒸気酸化性や耐高温腐食性に優れた材料の採用、蒸気温度制御、タービン技術など、多くの技術の組み合わせによって実現されたものです。
つまり、
改良9Cr-1Mo鋼の実用化は、材料の高温強度向上が、実際の設備の薄肉化と蒸気条件の高温化につながった代表的な事例
なのです。

まとめ|改良9Cr-1Mo鋼の進歩がUSCの実用化を支えた
改良9Cr-1Mo鋼は、発電用ボイラの高温耐圧部材に広く使用されてきた代表的な高Crフェライト系耐熱鋼です。
その特徴は、単にCrの添加量を約9%に高めたことではありません。
Moに加えてV・Nb・Nなどを適切に添加し、焼戻しマルテンサイト組織と微細な析出物を組み合わせることで、高温強度の向上を図ったことにあります。
特に、M₂₃C₆型炭化物による組織境界の安定化と、MX型炭窒化物による析出強化が重要な役割を果たしています。
つまり、改良9Cr-1Mo鋼の高温強度は、合金元素の添加と金属組織の制御によって確保されているのです。
また、9Cr-2Mo鋼やHCM2Sとの比較から、高温強度を改善するための合金設計には、さまざまな方法があることがわかります。
重要なのは、CrやMoの添加量を単純に増やすことではありません。
必要な材料特性を得るために、合金元素の種類や添加量、熱処理条件を適切に組み合わせることです。
そして、材料の進歩は、実際の設備設計にも大きな影響を与えてきました。
その代表的な事例が、中部電力碧南火力発電所3号機への改良9Cr-1Mo鋼の適用です。
同プラントでは、596℃の高温再熱蒸気条件を採用するにあたり、再熱器出口管寄せや高温再熱蒸気管などに改良9Cr-1Mo鋼が使用されました。
IHIの論文では、従来の2.25Cr-1Mo鋼による計画と比較して、高温再熱蒸気管の肉厚を約45%低減できたことが報告されています。
これは、材料の高温強度の向上が、配管の薄肉化と熱応力の低減につながり、高温蒸気条件の実現を支えたことを示しています。
ただし、高温強度の高い材料が開発されれば、それだけで設備の信頼性が確保されるわけではありません。
改良9Cr-1Mo鋼でも、高温で長時間使用すると、析出物の粗大化やマルテンサイト組織の回復などが進行し、クリープ強度が変化する場合があります。
また、溶接熱影響部におけるType IVクリープ損傷も重要な課題です。
したがって、材料の選定や設備の健全性評価では、初期の高温強度だけでなく、長時間使用に伴う金属組織の変化や溶接継手の健全性まで考える必要があります。
ここで重要なのは、
材料の進歩がボイラの高温化を可能にし、その材料の長期信頼性が設備の安全で安定した運転を支えている
ということです。
材料の化学成分と金属組織を理解すると、なぜその材料が選ばれ、なぜその肉厚で設計されているのかが見えてきます。
さらに、使用中の組織変化や損傷機構まで理解することで、設備の寿命や保全の考え方にもつながります。
材料がわかると設備の設計思想と長期信頼性が見えてくるのです。

参考文献
- 石本礼二、梶谷一郎、馬木秀雄、我孫子治:「ボイラ用改良型9Cr-1Mo鋼の特徴と実用化」、『火力原子力発電』、第36巻、第9号、pp.931–942(1985)
- 「火力発電プラントの基礎理論 Ⅴ.工業材料の基礎理論」、『火力原子力発電』、第71巻、第9号、pp.402–416(2020)
- 藤田利夫:「火力発電プラント用耐熱鋼の発展」、『まてりあ』、第40巻、第11号、pp.938–942(2001)
- 木原重光ら:「耐熱鋼の実用化に必要な材料特性について―火力発電用ボイラ鋼を例として―」、『まてりあ』、第39巻、第11号、pp.864–868(2000)
- 横山知充、増山不二光:「超高温高圧ボイラ用材料の実用化」、『火力原子力発電』、第45巻、第11号、pp.1297–1308(1994)
- 行俊照夫、湯沢浩、吉川州彦、大黒貴、鶴田長利、増山不二光:「9Cr-2Mo鋼管の実用化」、『火力原子力発電』、第31巻、第2号(1980)
- 桑原幹男、梶谷一郎、馬木秀雄、国広孝徳:「中部電力㈱碧南火力発電所3号ユニット向け高温再熱蒸気温度(596℃)採用ボイラの計画」、『火力原子力発電』、第42巻、第7号、pp.862–869(1991)
- 中村裕交:「碧南石炭火力発電所(700MW×3基)その概要と特徴」、『火力原子力発電』、第42巻、第4号、pp.479–486(1991)。
くろがねくんの一言
「材料の進歩が蒸気条件を変え、設備の設計を変えたんだ!でも、長く安全に使うには、金属組織と溶接部の変化まで考えることが大切だよ!」

<執筆者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
材料から設備を診る! 技術経営コンサルタント





