2026年11月1日 筑波連山北部を山歩 豊かな自然と山岳信仰の歴史を感じながら縦走
記録




筑波連山北部の山々について
茨城県を代表する筑波山の北側には標高500~700m級の山々が南北に連なり、筑波連山を形成しています。その中でも燕山、加波山、丸山、足尾山、きのこ山はそれぞれ異なる特徴を持つ個性豊かな山々です。
燕山(701m)は加波山の北側に位置し、樹林に覆われた静かな山です。加波山(709m)は筑波山に次ぐ連山第二の高峰で、山頂付近には巨岩や奇岩が点在し、古くから山岳信仰や修験道の霊場として知られています。
丸山(576m)は山頂付近に設置された風力発電設備が特徴で一本杉峠を挟んで足尾山へと続きます。足尾山(628m)は足の健康を願う信仰の山で、山頂付近には足尾神社が鎮座しています。
さらに南に位置するきのこ山(528m)は、ハンググライダーやパラグライダーの飛行場所としても知られ、関東平野を望む展望が魅力です。
これらの山々は標高こそ高くありませんが、豊かな自然と山岳信仰の歴史を感じながら縦走を楽しめる、筑波連山の魅力が詰まった山域です。
筑波連山北部を都歩
関東の自宅に戻り、久々に筑波山に登りました。

筑波方面は自宅から日帰りできる便利さがあり、今回もデジタル一眼(12-200mmズームレンズ付)を携行して加波山神社を起点に筑波連山5座(加波山、燕山、丸山、足尾山、きのこ山)を縦走しました。低山ながら歩きごたえのある山行となりました。

加波山三枝祇神社本宮・親宮からスタート。境内を通り抜けます。

少し歩くときらびやかな加波山神社の真壁拝殿

加波山神社真壁拝殿には銀色に輝く大きな天狗の面と親子ガエルの石像
天狗は、古くから修験道の霊山として栄えた加波山を象徴的な存在。山には天狗にまつわる伝承が残り、災厄を払い、人々を導く存在として信仰されてきました。カエルは「無事帰る」「福が返る」などに通じる縁起のよい生き物です。石像の詳しい由来は不明ですが、登山者の安全を願う姿にも見えます。

筑波山周辺はミカン栽培の北限の地として知られています。山麓の斜面には、冬季に周囲の低地より気温が高くなる「斜面温暖帯」が形成され、ミカンが栽培できるそうです。

加波山の登山道を進むと、二合目付近に石造りの鳥居が現れます。「寝不動尊」とも呼ばれ、かつて山の中腹にあった石造りの不動明王像が大水で流され、土砂に埋まった場所に祀られたという伝承が残されています。

加波山の登山道沿いに桜観音を祀る小さなお堂。観音様が安置され、その両側を狛犬が守っています。

お堂の脇の登山道を進みます。車も通行できるコンクリート路盤

三合目を通過。「三合目」と刻まれた石柱には「東嶽加波山講」の文字

コンクリート道から山道に入ります。傾斜が急になってきました。

六合目に到着。落ち葉の道を進みます。

しばらく進むと杉林に。

七合目に到着。「七合目」の石柱の隣に「山椒魚谷」と記された石碑。サンショウウオが生息しているのかな?水はちょろちょろ流れています。道は岩混じりの半ガレ

石柱の側面に「東嶽加波山講」と記された八合目の石柱

「右 あまびき」「左 かばさん」と記された道標。雨引方面と加波山方面を示しています。

コンクリート舗装路に出てきました。後ろ側が加波山方面。まずは燕山を目指します。

燕山まで0.9km。落ち葉の積もる舗装路なので速度が上がります。

東屋の左の山道に入ります。

緑の笹原の中には木段が設けられ、細い登山道が森の奥へと続いています。いったん下ります。

燕山(701m)に到着(8:31)。眺望なし。来た道を折り返し、加波山を目指します。

加波山へは先ほど通ってきた道をトレース。たまに人とすれ違います。挨拶すると返してくれます。

分岐点に戻ってきました。加波山神社の鳥居をくぐります。

立派な唐破風の屋根を持つ加波山神社の社殿。お参りさせていただいたのちに右側の石段を上がっていきます。

加波山神社から山頂へ続く石段には白い紙を細い棒に取り付けたものが数多く立てられています。これは「御幣(ごへい)」や「幣束(へいそく)」と呼ばれる神道の祭具と思われます。

しばらく登ると加波山神社の社殿

さらに登るとたばこ神社。玉垣には「日本たばこ産業株式会社」や「茨城県たばこ耕作組合」などの名前が刻まれており、たばこ産業との深い関わりがうかがえます。

加波山山頂(708.8m)に到着(9:19)。山頂標は見当たりませんでした。加波山神社の社殿が鎮座しています。

目を引くのが、正面の軒下に施された龍の彫刻。大きくうねる胴体や鋭い爪、迫力ある顔つきまで精巧に彫り込まれています。

加波山の山頂付近に巨大な岩がいくつもそびえ立っています。中には縦方向に大きな割れ目が入った岩もあり、巨岩のそばには小さな石祠が祀られ、白い御幣も立てられていました。

加波山の山頂から少し下ると、再び立派な社殿が現れました。社殿の正面には一対の狛犬が置かれ、軒下には「加波山大神社」と記された扁額が掲げられています。扁額には「正一位本宮」の文字も見られます。

下っていくと「旗立石」と刻まれた石柱が立つ大きな岩。明治17年(1884年)の加波山事件の際、自由民権運動の志士たちが「自由の魁」と記された大旗をひるがえした場所と伝えられています。加波山事件は、自由民権運動が激しさを増すなかで発生した武装蜂起事件です。

「殉職之碑」と刻まれた石碑が建っていました。1962年(昭和37年)9月20日夜、航空自衛隊のT-6型練習機が加波山山頂付近に墜落し、乗員2名が亡くなった事故を慰霊するものです。

葉は色づき始めていますが、紅葉はまだこれからです。

加波山を下る途中、「自由の楷」と刻まれた石碑がありました。加波山事件の記念碑のようです。

丸山に向かい登りになりました。ウインドパワーつくばの風車が2本立っています。回転していません。

丸山山頂(576m)に到着(10:16)。山頂標は見当たりませんでした。


丸山から縦走路を下り、一本杉峠に到着しました。名前の通り大きな杉の木がそびえています。

一本杉峠から舗装路を歩き、左の山道に入っていきます。

鮮やかな紫色の実を見つけました。ムラサキシキブの仲間と思われます。小さな紫色の実が枝に集まり、秋の山道に彩りを添えていました。花言葉は「聡明」「上品」「愛され上手」。緑の木々の中で宝石のように輝く紫色の実が印象的でした。

赤紫色に染まったヤマアジサイと思われる花。アジサイは初夏の花として知られていますが、花が終わった後も装飾花の萼が残り、秋には落ち着いた色合いに変化することがあるようです。花言葉は「乙女の愛」「切実な愛」。

青紫色のリンドウが咲いていました。花びらには細かな斑点があり、花の内側には独特の模様が見られます。花言葉は「勝利」「正義」「誠実」。蜜がおいしいのか虫が集まっていました。

足尾山の山頂(628m)に到着(11:27)。山頂には石段の上に立派な石祠が祀られています。靴を脱いで昼食。貸し切り。山頂標は見当たりませんでした。

南には筑波山が見えます。左が女体山、右が男体山

空を見上げるとパラグライダーが飛んでいました。青と黄色の鮮やかな翼を広げ、雲の浮かぶ空を悠々と滑空しています。手を振ってみましたが反応なし。その他にも10機ぐらい飛んでいました。

鮮やかなオレンジ色のチョウはツマグロヒョウモンのオスと思われます。翅には黒い斑点が美しく並び、外縁には黒と白の細かな模様が見られます。

足尾山の山頂から下ると足尾神社の社殿が現れました。足尾神社は、古くから足腰の健康や健脚を願う信仰で知られています。社殿の近くに大量の靴が奉納されていました。

足尾山は古くは「葦穂山」と呼ばれ、『常陸風土記』や『万葉集』にも記されているそうです。案内板によると、延喜20年(920年)頃、醍醐天皇が足の病気の平癒を祈願したところ、病気が治ったという伝承があります。これをきっかけに、足の病気を治す神様として信仰が広まり、草履やわらじを奉納する風習が生まれたと伝えられています。

足尾山からきのこ山へ向かう途中、パラグライダーの離陸場「nasaTOP」に出ました。山の斜面には緑色のテイクオフエリアが整備され、その先には関東平野の田園風景が広がっています。

しばらく舗装路を歩いたのち、左の山道に入っていきます。

きのこ山山頂(527.7m)に到着(12:43)。山頂標は見当たりませんでした。

パラグライダーの離陸場の脇道から下山します。

鮮やかな赤い実を見つけました。マムシグサの仲間と思われます。秋になると実が赤く熟し、ひときわ目を引く姿になります。美しい実ですが、有毒植物なので注意が必要です。花言葉は「壮大」「壮大な美」。

釈迦岳(福岡県)で見たマムシグサはこんな感じ。トウモロコシのような形状でした。


木製の手すりや階段が整備された木漏れ日の差し込む雑木林の中を下っていきます。

右折してつぼろ台へ。

眺望は木々に遮られいまいち。看板のようには見えませんでした。

黄色いツワブキ(石蕗)の花。秋から初冬にかけて花を咲かせるキク科の多年草です。花言葉は「困難に負けない」「謙譲」。

白い野菊。シロヨメナ(白嫁菜)と思われます。秋の山林に咲くキク科の多年草で、白い細長い花びらと黄色い中心部が特徴です。花言葉は「隠れた美しさ」「丈夫」。

みかげスポーツ公園近くになると遊歩道が整備されています。

ふもとに降りてきました。セルボの待つ加波山神社の駐車場までラストスパート。今日登った山が見渡せました。そしてセルボに到着!おつかれ山でした!!
