【テクノアーカイブ】USC(超々臨界圧)発電プラント Part 2 改良9Cr-1Mo鋼

碧南火力発電所 Technology

機械の性能は「材料」で決まる!〜日本初のUSCボイラと、新幹線で飲んだビールの味〜

機械・装置の性能は、優れた設計、精密な製造技術、高度な制御、そして熟練の運転ノウハウによって向上します。しかし、どれほど素晴らしい技術を投入しても、「材料が耐えられる限界」を超えることはできません。

例えば、航空機エンジン。タービン入口の温度を高めるほど熱効率が上がり、強い推力を得られます。しかし、温度を上げすぎればタービン翼そのものが溶け落ちてしまうため、性能向上には材料の進歩が絶対に不可欠なのです。

設計者はより高い性能を求めて限界に挑む仕様を示し、材料研究者はその無理難題に応えるために新たな材料を創り出す。この両者の挑戦の繰り返しによって性能の限界が引き上げられ、技術革新は実現してきました。

タービンブレード

発電効率向上を支えた「鋼」の進化

火力発電用ボイラの歴史もまた、まさに材料技術の進歩の歴史でした。

ボイラは、蒸気温度を高くするほど発電効率が向上します。初期の設備では「炭素鋼」が使われていましたが、高温に弱いため効率化には限界がありました。

その後、2.25Cr-1Mo鋼(クロムモリブデン鋼:業界では『ツー・クウォーター』と呼ばれています)の実用化によって、より高温・高圧の蒸気を用いる「超臨界圧(SC)」発電が可能になります。しかし、さらなる高効率化を目指す「超々臨界圧(USC)」の世界では、従来材料のクリープ強度では長時間の使用に耐えることができません。

そこで彗星のごとく登場したのが、改良9Cr-1Mo鋼(P91)です。

この材料の出現によって、超々臨界圧(USC)発電プラントが現実のものとなり、発電効率が向上しました。

改良9Cr-1Mo鋼は何が画期的だったのか?

改良9Cr-1Mo鋼(Grade 91)は、1970年代後半に米国オークリッジ国立研究所(ORNL)で開発された耐熱鋼です。もともとは原子力分野などの高温機器向けとして研究されていましたが、その突出した高温クリープ強度が注目され、火力発電分野へと展開されました。

高温環境下で使用される金属は、時間の経過とともにゆっくりと変形していく現象を起こします。これを「クリープ」と呼びます。数十年にわたって高温高圧の蒸気を保持し続ける火力発電所にとって、クリープ強度を確保できる材料の実用化は最大の課題でした。

P91は、金属内部に微細な組織構造を数多く形成させることで、このクリープに対する強さを飛躍的に高めることに成功しました。

600℃における長時間クリープ強度は、従来の2.25Cr-1Mo鋼の「2倍以上」
オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304HTBと同等以上

熱膨張係数の比較的小さいフェライト系鋼で、オーステナイト系鋼と同等の強度を実現

技術のブレイクスルーの起点には、常に「材料の進化」があったのです。


許容引張応力
図 ボイラ用材料の許容引張応力

改良9Cr-1Mo鋼の強さの秘密

「改良9Cr-1Mo鋼(Grade 91)」の圧倒的な強さの秘密は、金属の内部構造(ミクロ組織)に施された繊細な材料設計にあります。一言で言えば、「ベースとなる強い組織の中に、極小の硬い粒子を隙間なく散りばめることで、高温での変形を防ぐ」という技術です。

従来の「9Cr-1Mo鋼」にバナジウム(V)、ニオブ(Nb)、窒素(N)という元素をごくわずかに添加することで、驚異的な高温クリープ強度を示します。

代表成分

1. 土台となる「焼戻しマルテンサイト組織」
まず、熱処理(焼入+焼戻)によって金属内部を「焼戻しマルテンサイト」という、強度と靭性を兼ね備えた強靭な結晶構造にします。これが強度を支える強固な「骨組み」となります。

2. 変形を防ぐ2つの「微細な障害物(析出物)」
高温下で強い力がかかり続けると、金属原子の並びがズレようとします(これが「クリープ変形」の原因です)。Grade 91では、添加した元素が金属内部で目に見えないほど小さな粒子(析出物)となり、この原子のズレを強力にブロックします。

M23C6 炭化物:結晶の境界(粒界)に並び、結晶同士が滑り落ちるのを防ぎます。

MX型析出物(バナジウムやニオブの炭窒化物):結晶の内部(粒内)にきわめて微細に分散し、内部からの変形を阻止します。

焼き戻しマルテンサイト組織

このように改良9Cr-1Mo鋼の内部には、「ミクロの障害物コース」が緻密に組み上げられているのです。この微細な粒子たちがスクラムを組むことで、600℃という高温・高圧環境下に数十年間晒されても、ビクともしない強靱なクリープ強度を発揮します。

日本のモノづくりが結実した「碧南3号機」

改良9Cr-1Mo鋼(Grade 91 : P91/T91)は、主蒸気管、再熱蒸気管、ヘッダなど、ボイラの中でも最も過酷な環境に晒される部位へと適用されていきました。

日本では、電力会社、ボイラメーカー、鉄鋼メーカーが固いスクラムを組み、官民一体となってUSC技術の開発を推進。その集大成としてP91が実機採用されたのが、中部電力 碧南火力発電所3号機でした。

IHIが製作を担当したこのボイラは、再熱器出口管寄せ、高温再熱蒸気管にP91/T91を採用し、高温再熱蒸気温度593℃を達成。当時、世界最先端の商用石炭火力発電プラントとして、世界中から大きな注目を集めました。


(出典)https://www.jera.co.jp/corporate/business/thermal-power/list/hekinan
右から1号機、2号機、3号機、4号機、5号機です。
1~3号機が70万kW、4、5号機が100万kWです。
3~5号機がIHI製USCボイラ

新幹線で飲んだ あのビールの意味

実は碧南火力発電所3号機の建設当時、私は研究所の一員として事業部の方々と現地を見学する機会に恵まれました。

当時の私は、目の前にあるボイラが後に「日本初のUSCボイラ」として歴史に刻まれる設備であることも、改良9Cr-1Mo鋼という高強度材がその根幹を支えていることも、深く理解していませんでした。恥ずかしながら、単純に「新しい大型プラントの見学」という軽い気持ちで参加していたのです。

しかし、現場にそびえ立つ巨大な構造物を目の当たりにしたときの圧倒的なスケール感だけは、強く胸に焼き付きました。今思えば、そこにはIHIをはじめとする無数の技術者たちの誇りと挑戦が詰まっていたのです。

見学の帰り道、新幹線の車内で関係者に缶ビールが振る舞われました。

当時の私は「無事に見学が終わったお祝いかな」程度にしか思っていませんでした。しかし、30年以上が経過した今ならわかります。あの缶ビールは、日本初のUSCボイラという未踏の偉業が今まさに形になろうとしている瞬間を、IHIのエンジニアたちが心からそれぞれの席で喜び合っていた時間だったのだと。

後になって改良9Cr-1Mo鋼の開発史やUSC技術の歩みを深く学ぶにつれ、あの日私が立ち会っていたのは単なる「現場見学」ではなく、日本の火力発電史における決定的な転換点だったのだと気づかされました。

「機械の性能は材料で決まる」

あの日見た碧南3号ボイラは、限界に挑み続けた先輩技術者たちの熱意と、材料技術の進歩が結実した最高の美しさを持っていたのです。