工場や建設現場では、
「リスクアセスメントを実施しましょう」
という言葉をよく耳にします。
危険な作業を洗い出して、点数をつけて、対策を考える。
そのような活動だと理解している方も多いのではないでしょうか。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、リスクアセスメントを本当に理解するためには、その前に考えておきたいことがあります。
それは、
「そもそも安全とは何なのか」
ということです。
安全とは、事故が起きないことでしょうか。
それとも、危険がまったく存在しないことでしょうか。
実際の工場や建設現場では、機械、電気、高所作業、重量物、化学物質など、さまざまな危険が存在します。
それらの危険をすべて完全になくすことは、現実には簡単ではありません。
では、危険が残っている現場は「安全ではない」のでしょうか。
ここに、リスクアセスメントを理解するための重要なポイントがあります。
安全を考えるうえで大切なのは、単に「危険があるか、ないか」ではありません。
その危険によって事故が起こる可能性はどの程度なのか。
そして、事故が起きたときに、どれほど大きな被害になるのか。
このように危険を「リスク」として捉えることで、安全対策の優先順位が見えてきます。
今回は、リスクアセスメント基礎編の第1報として、
「安全」と「リスク」とは何か
という二つの言葉から、リスクアセスメントの本質を考えてみます。
「安全」とは危険がゼロの状態ではない
「安全」と聞くと、
危険がまったくない状態
を思い浮かべるかもしれません。
しかし、ISO/IEC Guide 51では、『安全』について
「許容不可能なリスクがないこと」
という考え方が示されています。
ここで重要なのは、
「リスクがないこと」ではなく「許容不可能なリスクがないこと」
です。
つまり、
安全=リスクゼロ
ではありません。
私たちの身の回りには、常に何らかの危険が存在しています。
工場であれば、回転機械、電気、高温部、重量物、化学物質、高所作業など、さまざまな危険源があります。
もっと身近な生活を考えてみても、自動車、自転車、階段、包丁など、危険につながるものを完全になくすことはできません。
もちろん、危険源そのものを取り除くことができれば、それが最も望ましい対策です。
しかし、現実の仕事や生活では、すべての危険を完全になくすことはできません。
すべてのリスクをゼロにしようとすれば、仕事も生活も成り立たなくなってしまいます。
だからこそ大切なのは、
どのような危険があるのかを把握し、そこから生じるリスクを評価し、許容できないリスクを低減していくこと
です。
これが、安全管理、そしてリスクアセスメントの基本的な考え方になります。

「リスク」とは
次に「リスク」を考えてみましょう。
リスクは単に、
「危ない」
「怖い」
「事故が起こりそう」
という意味ではありません。
ISO/IEC Guide 51では、リスクを
危害の発生確率(可能性)と、その危害の度合い(重大性)の組合せ
として整理しています。
簡単に表せば、
リスク = どのくらい起こりやすいか × 起きたときにどのくらい重大か
という考え方です。
例えば同じ「転倒」という危険でも、
事務所の平坦な床で転倒する場合と、
高さ20mの足場上で転倒する場合では、
結果の重大性がまったく違います。
また、同じ回転機械でも、
人が近づくことのできない完全に隔離された設備と、
作業者が頻繁に手を入れる設備では、
危害の発生可能性が異なります。
つまりリスクを考えるには、
「危険なものがあるか」だけでは不十分です。
その危険源と人が、
どのように接触する可能性があり、接触した場合に何が起きるのか
まで考える必要があります。

「危険源」と「リスク」は違う
例えば、工場にある回転するプーリーを考えてみます。
プーリーそのものは、人を巻き込む可能性を持つ危険源(ハザード)です。
しかし、
完全なカバーの中にあり、
通常作業では人が接触できないのであれば、
リスクは低くできます。
ところが、
ベルト交換や給油、清掃のためにカバーを外すとどうでしょうか。
同じプーリーでも、人と接触する可能性が変わり、
リスクも変わります。
つまり、
危険源そのものと、その危険源によって生じるリスクは別のもの
なのです。

私たちは「危険源」の中で働いている
製造業の現場には、さまざまな危険源があります。
機械の駆動部、電気、化学物質、粉じん、フォークリフト、治工具、階段、床面、騒音、材料、高所などです。
ここで重要なのは、
事故が起きてから原因を調べるのでは遅い
ということです。
事故になる前に、
「この設備にはどんな危険源があるのか」
「人はそこへ近づくのか」
「どのようなときに接触するのか」
「接触すると何が起きるのか」
を考える。
これがリスクアセスメントの出発点です。

リスクアセスメントとは「危険の点数付け」ではない
現場でリスクアセスメントを行っていると、
重大性:3
可能性:2
リスク:6
というように、点数を付ける作業に目が向きがちです。
しかし、点数を計算することそのものが目的ではありません。
厚生労働省の指針では、大きく、
危険性・有害性を特定する
→ リスクを見積もる
→ リスク低減の優先度と対策を検討する
→ リスク低減措置を実施する
という流れで整理されています。
つまり、リスクアセスメントの目的は、
「何点だったか」を記録することではなく、どこに重大なリスクがあり、何から対策するべきかを判断すること
です。
言い換えれば、
事故が起きる前に危険を予測し、取り返しのつかない災害を防ぐための仕組み
と考えると分かりやすいでしょう。

法令を守っていれば「安全」とは限らない
安全管理というと、
「法律を守っているから大丈夫」
と考えてしまうことがあります。
もちろん、法令遵守は安全管理の大前提です。
しかし、法令を守っていることと、現場のリスクが十分に低減されていることは、必ずしも同じではありません。
なぜなら、現場には法令だけでは網羅できない危険があるからです。
設備の使われ方も違います。
人の動きも違います。
作業環境も違います。
設備の老朽化や、作業手順、保全方法、清掃方法、異常時の対応なども、事業場によって異なります。
つまり、同じ法令が適用される職場であっても、実際に存在するリスクは現場ごとに違うのです。
だからこそ、リスクアセスメントが必要になります。
重要なのは、法律に書かれている危険だけを見ることではありません。
「自分たちの現場では、何が起こり得るのか」
「どのような条件が重なると事故になるのか」
「重大な災害につながるリスクは残っていないか」
まで考えることです。
言い換えれば、
法令遵守は安全管理の最低条件
リスクアセスメントは、その先にある現場固有のリスクまで見つけて対処するための仕組み
と考えると分かりやすいでしょう。
法令に明確な規定がないから安全なのではありません。
予見できる危険を見つけ、事故が起きる前に対策する。
そこまで考えて、はじめて実効性のある安全管理になります。

リスクアセスメントは「事故を予言する」ものではない
ここで一つ誤解しないでおきたいことがあります。
リスクアセスメントをしたからといって、
事故を100%予測できるわけではありません。
また、
リスクアセスメントを実施すれば、
事故が完全になくなるわけでもありません。
人はミスをします。
設備は故障します。
想定していなかった状況も発生します。
そして対策をしても、リスクが完全にゼロになるとは限りません。
だからこそ重要なのが、
重大なリスクから優先して低減していく
という考え方です。
対策後にも残るリスクについては再度見積もり、必要であれば追加対策を検討することが指針の解説でも求められています。

リスクアセスメントの本質
リスクアセスメントを難しく考える必要はありません。
突き詰めれば、
①何が危ないのか
②どのくらい危ないのか
③何から対策するのか
を考える活動です。
そして、その根底にあるのは、
「事故が起きてから考える」のではなく「事故が起きる前に考える」
という考え方です。
安全は、
危険がまったくない状態を作ることではありません。
危険源を正しく認識し、
リスクを評価し、
許容できないリスクを一つずつ減らしていく。
この繰り返しによって、安全な職場へ近づけていくのです。

まとめ 安全とは「リスクゼロ」ではない
今回、一番覚えていただきたいのは、
安全とは、リスクがゼロの状態ではない。
ということです。
現場からすべての危険源をなくすことはできません。
だから、
危険源を見つける。
リスクを見積もる。
重大なものから対策する。
対策後にも残ったリスクを管理する。
これがリスクアセスメントです。
リスクアセスメントは、単なる書類作成でも点数付けでもありません。
「取り返しのつかない災害を起こさないために、事故が起きる前に考える」
ための安全衛生管理の重要なツールです。

次回は、
「危険源とは何か|リスクと危険源を混同していませんか?」
として、リスクアセスメントの出発点となる「危険源(ハザード)」について、もう少し詳しく考えてみます。
安全くんの一言
「安全って、“危険がゼロ”という意味じゃないんだね!」


