リスクアセスメント基礎編 第7回(最終回) リスクアセスメントを形骸化させないために
リスクアセスメントを実施している職場は、今では珍しくありません。
危険源を洗い出す。
重大性と発生可能性を考える。
リスクを見積もる。
必要な低減措置を実施する。
そして、対策後の残留リスクを確認する。
ここまでの流れについて、この基礎編で順番に見てきました。
ところが、毎年リスクアセスメントを実施していても、災害につながる危険源を十分に捉えられていない職場があります。
なぜでしょうか。
その一つの理由が、
「リスクアセスメントを実施すること」そのものが目的になってしまうこと
です。
評価表を埋める。
点数を付ける。
承認印をもらう。
ファイルに綴じる。
これでリスクアセスメントは終わった。
もしそうなっているとしたら、一度立ち止まって考える必要があります。
リスクアセスメントの目的は、評価表を完成させることではありません。
事故が起きる前に危険源を見つけ、重大な災害につながるリスクを少しでも小さくすること。
そのためのツールがリスクアセスメントです。

「去年と同じ」で本当にいいのか
毎年リスクアセスメントを実施していると、
「去年と同じ作業だから、去年と同じ評価でいいだろう」
となりがちです。
もちろん、作業内容も設備も作業環境もまったく変わっていなければ、同じような評価になることはあります。
しかし、本当に何も変わっていないでしょうか。
設備は一年古くなっています。
作業者が変わっているかもしれません。
ベテランが異動し、経験の浅い作業者が担当しているかもしれません。
生産量や作業頻度が変わっているかもしれません。
作業手順が少し変わっているかもしれません。
そして何より、
去年は事故が起きなかったからといって、危険源がなくなったわけではありません。
前年の評価表を写すことから始めるのではなく、
「今、この作業を見たらどう評価するか」
という視点を持つことが大切です。

「全部Ⅰにする」ことが目的になっていないか
リスク評価を行うと、高いリスクが出てくることがあります。
すると、
「このままでは評価表に残せない」
「できれば全部Ⅰにしたい」
という心理が働くことがあります。
しかし、リスクアセスメントは成績表ではありません。
高いリスクが見つかったこと自体が悪いのではありません。
むしろ、
重大なリスクを事故が起きる前に見つけられた
と考えるべきです。
本当に危険な作業なのに、評価表の上だけで低いリスクにしてしまえば、危険源そのものは何も変わっていません。
数字を下げることではなく、
現実のリスクを下げること。
ここを取り違えてはいけません。

「注意する」で点数を下げていないか
リスク低減措置の欄を見ると、
「作業者に注意する」
「安全教育を実施する」
「手順を周知する」
と書かれていることがあります。
もちろん、教育や注意喚起が必要な場合はあります。
しかし、
「注意することにしたから発生可能性を3から1にする」
といった評価には慎重になる必要があります。
人は間違えます。
忘れることもあります。
焦ることもあります。
疲れることもあります。
だからこそ、リスク低減措置を考えるときには、
まず危険源そのものをなくせないか。
次に、
人が間違えても事故になりにくい設備にできないか。
それでも残るリスクについて、管理的対策や個人用保護具を考える。
この順番が重要です。
「注意する」は便利な言葉です。
しかし、それだけで設備や作業に存在する危険源が消えるわけではありません。

リスクの点数を「多数決」で決めていないか
同じ作業を見ても、人によってリスクの感じ方は違います。
「これは危ない」
という人もいれば、
「今まで事故なんて起きていない」
という人もいます。
そこで、
「じゃあ真ん中を取って2にしよう」
となってしまうことがあります。
しかし、リスク評価は人気投票ではありません。
大切なのは、
なぜその重大性なのか。
なぜその発生可能性なのか。
を考えることです。
過去の災害事例
ヒヤリハット
設備の構造
作業頻度
危険源への接近頻度
異常時や非定常作業
こうした事実をもとに議論します。
意見が割れたときこそ、
「なぜ評価が違うのだろう」
と考えてみてください。
そこに、誰かが見えていて、誰かには見えていなかった危険源が隠れているかもしれません。

評価表の数字より「危険源」を見る
リスクアセスメントを続けていると、どうしても数字に目が向きます。
重大性3
発生可能性2
だからリスクは6
対策後は2
もちろん、一定のルールでリスクを見積もることには意味があります。
しかし、数字はあくまで判断を助けるための道具です。
現場に存在するのは「6」という数字ではありません。
回転している機械
高いところにある重量物
高温の蒸気
電気
圧力
化学物質
そして、それらに接近して作業する人です。
だから私は、リスクアセスメントでは数字を見る前に、
「何が人を傷つけるのか」
を見ることが重要だと考えています。

リスクアセスメントは「事故が起きる前に考える」ためのもの
重大災害が起きたあとなら、多くの危険に気づくことができます。
「あそこにカバーが必要だった」
「インターロックを付けるべきだった」
「この作業方法は危なかった」
しかし、災害が起きてから気づいたのでは遅いのです。
だから、事故が起きる前に考えます。
どこに危険源があるのか。
誰がそこへ近づくのか。
どのようなときに危険な状態になるのか。
もし事故になったら、どの程度の災害になるのか。
危険源そのものをなくせないか。
設備で人を守れないか。
そして、対策しても何が残るのか。
この一連の思考こそが、リスクアセスメントです。

基礎編で見てきたこと
この基礎編では、リスクアセスメントについて順番に考えてきました。
まず、「安全」と「リスク」とは何かを考えました。
次に、事故のもととなる「危険源」を、エネルギーという視点から見ました。
そして、作業を分解し、人の動きを追いながら危険源を洗い出しました。
洗い出した危険源について、重大性と発生可能性からリスクを見積もりました。
さらに、リスク低減措置について、
本質的対策 → 工学的対策 → 管理的対策 → 個人用保護具
という優先順位で考えました。
そして最後に、対策をしてもなお残る「残留リスク」をどう管理するかを考えました。
これらは別々の作業ではありません。
すべてつながっています。
危険源を見つける。
↓
リスクを見積もる。
↓
重大なものから対策する。
↓
対策後に再評価する。
↓
残留リスクを管理する。
この流れを回し続けることが重要です。

まとめ 評価表ではなく「現場のリスク」を減らす
リスクアセスメントが形骸化すると、
去年と同じ評価を使う。
高い数字が出たら数字を下げる。
注意・教育を書いて対策済みにする。
意見が割れたら多数決や平均で決める。
そして、評価表が完成したら終了する。
という状態になりがちです。
しかし、評価表がきれいに完成していても、現場の危険源は何も変わっていないかもしれません。
リスクアセスメントの目的は、
評価表を埋めることではありません。
点数を下げることでもありません。
目的は、
事故が起きる前に危険源を見つけ、現場のリスクを実際に小さくすること。
です。
評価表は、そのための道具にすぎません。
現場を見てください。
人の動きを見てください。
設備を見てください。
そして、
「この作業で、本当に取り返しのつかない災害は起きないだろうか」
と考えてみてください。
そこから、本当のリスクアセスメントが始まります。

安全くんの一言
「評価表じゃなくて、現場のリスクを減らそう!」

前回のおさらいはこちら!

<執筆者情報>
難波一夫
IHI/石川島播磨重工業 出身 の重工系技術士(金属部門)
中小企業診断士・労働安全コンサルタント・エネルギー管理士資格を保有
材料から設備を診る! 技術経営コンサルタント


