2026年10月3日 半蔵門線+東急世田谷線を都歩(東京都)
押上から渋谷さらに下高井戸まで全24駅ウォーキング
(30.8km、消費カロリー 1886kcal)
都歩の記録



はじめに
東京メトロ半蔵門線は、渋谷駅から押上駅〈スカイツリー前〉までを結ぶ地下鉄路線です。表参道、永田町、半蔵門、大手町、神保町、清澄白河など、東京の主要な街を東西に横断します。渋谷では東急田園都市線、押上では東武スカイツリーラインと相互直通運転を行っており、神奈川方面から埼玉方面まで広域を結ぶ路線です。ラインカラーはパープル(紫色)、路線記号は「Z」。
半蔵門線の営業キロは16.8 kmと短いので、渋谷から田園都市線沿いに三軒茶屋を経由して世田谷線沿いに下高井戸まで都歩することにしました。東急世田谷線は、三軒茶屋〜下高井戸を結ぶ、全10駅・5.0kmの路線。路線記号は SG、ラインカラーは黄色。東急で唯一の軌道線で、かつての玉川線(玉電)の一部が1969年に世田谷線として独立したものです。
10月に入り気温も下がり、久々に晴れ間もあり、快適な都歩となりました。今回は半蔵門線都歩をPart 1、その後の東急線都歩をPart 2の2部構成で報告いたします。
押上~大手町

朝一番の電車に乗り押上駅〈スカイツリー前〉(Z14)に到着(6:21)。駅ナンバーはZ14。渋谷(Z01)まで駅ナンバーはカウントダウンです。

東京スカイツリータウンのソラミ坂から東京スカイツリーを見上げる。東京メトロ・都営地下鉄全線を歩く『都歩』もついに完歩です。ラストの路線番号がZなので、締めくくりに最適です。

東京スカイツリーの足元を流れる北十間川。少し青空が見えてきました。

押上駅前交差点で浅草通りとクロス。四ツ目通りを錦糸町に向かって進みます。

横川三丁目交差点で春日通りとクロス。四ツ目通りを直進

佃瀧三郎錦糸町本店の外壁にある魚偏の漢字を集めた看板。やっぱりマグロがセンター

今日は錦糸公園ですみだまつり・こどもまつりが開催。出店の準備が始まっています。

錦糸町駅(Z13)に到着(6:49)。JR総武線・総武快速線が乗り入れています。

JR総武線・総武快速線の高架をアンダーパス

振り返るとJR錦糸町駅の右端にスカイツリーが見える。国道14号(京葉道路)と都道465号(四ツ目通り)が交差する錦糸町駅前交差点を直進。住吉を目指します。

四ツ目通りと首都高速7号小松川線が交差する錦糸町出入口付近。頭上を首都高が横切ります。地下道を進みます。

住吉駅(Z12)に到着(7:05)。都営地下鉄新宿線(S13)が乗り入れる乗換駅で、東京都江東区にあります。

住吉駅前交差点。南北に延びる四ツ目通りと、東西に延びる新大橋通りが交差します。

小名木川に架かる五本松橋。小名木川は、江戸時代初期に開削された運河で、隅田川と旧中川を東西につなぐ水路。徳川家康の江戸入府後、行徳の塩などを江戸へ運ぶ水運ルートとして整備されました。

小名木川には、カワウと思われる水鳥の大群が泳いでいました。奥に見えるのは小松橋です。江東区らしい水辺の風景が広がります。

扇橋二丁目交差点で四ツ目通りから清洲橋通りへ右折。ここから清澄白河を目指して西へ進みます。

清洲橋通りを歩いていると、昭和の面影を残す「みどりや」の看板。「ホットドック・天然果汁・コーヒー」という文字。昭和の喫茶店文化を感じさせる看板です。

清澄白河駅(Z11)に到着(7:35)。都営大江戸線(E14)との乗換駅です。

大江戸線都歩で通過した清澄庭園。朝早すぎて開園前。残念ながら今回もパスです。

隣の清澄公園に入ってみます。ひときわ目を引く木造の時計塔が立っています。清澄庭園の前身は「深川親睦園」。岩崎彌太郎が三菱社員の慰安や交流、国内外の賓客をもてなすために整備した庭園でした。

清洲橋で隅田川を渡ります。1928(昭和3)年に完成した震災復興橋梁で、美しい曲線を描く自碇式吊橋。国の重要文化財にも指定されています。

遠くには東京スカイツリーの姿も見えます。

よく見ると、鋼製のアイバーを連ねた巨大なチェーンで橋桁を吊っていることが分かります。清洲橋の吊鎖には、当時としては先進的な高強度鋼「デュコール鋼」が採用されています。清洲橋では照明灯にも注目。開通した昭和3年(1928年)から昭和60年代まで、吊材にはブロンズ(青銅)製の照明灯が設置されていました。現在は当時の図面をもとに意匠を再現しつつ、材料をアルミニウム合金、光源をLEDへ変更しています。

隅田川沿いを歩くと隅田川大橋へ。一般道路の上を首都高速9号深川線が通る二層構造で、優美な清洲橋とは対照的な景色です。

隅田川大橋を潜ると永代橋が見えてきました。東西線都歩で渡りました。


日本橋川に架かる豊海橋。1927(昭和2)年に完成した震災復興橋梁で、斜材を持たず四角い骨組みが連続する「フィーレンディール橋」という珍しい構造です。リベットが並ぶ白い鋼橋は、先ほどの清洲橋とはまた違った昭和初期の橋梁美を見せてくれます。

「日本銀行創業の地」の碑を発見。日本銀行は1882(明治15)年、この地で開業しました。現在の日本橋本石町へ移転したのは1896(明治29)年。日本の金融史の出発点に遭遇できました。

箱崎公園で吉田松陰像を発見。かつてここにあった箱崎尋常小学校の児童が、亡くなる前に自分の貯金で松陰像を学校に建ててほしいと遺言し、両親がその願いをかなえたものです。学校がなくなった後も像はこの地に残り、地域の歴史を見守り続けています。

箱崎公園にはペンタスとケイトウが咲いていました。星形のペンタスの花言葉は「希望がかなう」。ケイトウは「おしゃれ」「気取り」「風変わり」など。

頭上を見上げると、首都高速が幾重にも交差する箱崎ジャンクション。まるで巨大な立体迷路です。その足元には東京シティエアターミナルがあります。

水天宮前駅の名前の由来となった水天宮。安産・子授けの神様として知られ、戌の日には多くの参拝者が訪れます。

水天宮の境内へ入ると、社殿の前には長い参拝の列。この日は偶然にも「戌の日」。しかも土曜日と重なり、安産祈願で知られる水天宮は多くの参拝者で賑わっていました。

水天宮前駅(Z10)に到着(8:41)

日比谷線都歩でも前を通った人形焼き店。既に行列ができ始めています。


日本橋川沿いへ。川の上には首都高速が幾重にも重なり、頭上は巨大な鋼構造物という独特の景観が続きます。

日本橋兜町にある東京証券取引所へ。1878(明治11)年に設立された東京株式取引所をルーツとする、日本の証券市場の中心です。先ほど「日本銀行創業の地」を見たばかり。歩いてみると、この一帯が日本の金融史と深く結びついていることがよく分かります。

東京証券取引所のすぐ近くに鎮座する兜神社へ。境内には「兜町」の地名の由来ともいわれる兜岩があります。日本を代表する金融街を歩いた記念に、私もお参りさせていただきました。『株上がれ!』

昭和通りを進み、日本橋川に架かる江戸橋を渡ります。頭上には首都高速。川、橋、一般道路、高速道路が立体的に重なる、日本橋ならではの風景です。

日本橋三越本店へ。三越のルーツは、三井高利が1673年に江戸で開いた呉服店「越後屋」です。建物には今も「越」のマークが掲げられ、長い歴史を感じさせます。そして半蔵門線「三越前駅」の駅名は、まさにこの三越に由来します。

日本橋の「元標の広場」へ。日本橋は江戸時代に五街道の起点となり、近代には道路の距離を測る基準点「東京市道路元標」が置かれました。広場には道路元標の複製と、東京から全国各地までの距離を示す里程標があります。まさに「日本の道の出発点」です。

日本橋を歩いていると三菱UFJ銀行の建物へ。証券取引所や老舗百貨店、大手銀行が集まり、日本橋が日本経済の中心地の一つであることを実感します。

箱崎で「日本銀行創業の地」を見た後、日本橋本石町の日本銀行本店へ。日本銀行は1882(明治15)年に箱崎で開業し、1896(明治29)年にこの地へ移転しました。同年に完成した旧館は辰野金吾の設計。歩いてみると、日本の金融史が一本の道としてつながっていきます。

呉服橋交差点へ。日本橋から大手町へと街の雰囲気が切り替わります。

三越前駅(Z09)に到着(9:11)。ここから大手町へ向かいます。

日本橋川に架かる常盤橋を渡ります。頭上には首都高速道路都心環状線

かつてこの付近には江戸城へ物資を運ぶ水路「道三堀」があり、銭瓶橋が架けられていました。広重の『名所江戸百景』にも描かれた江戸の名所でしたが、1909(明治42)年、道三堀の埋め立てとともに姿を消しました。高層ビルが建設中。クレーンで大物の柱が吊り上がります。大手町が近づきます。

東京駅の高架下へ。鋼材を大量のリベットで組み立てた重厚な構造

大手町駅(Z08)に到着(9:22)。東京メトロ4路線(丸ノ内線・東西線・千代田線・半蔵門線)と都営地下鉄1路線(三田線)の合計5路線が乗り入れる地下鉄単独駅として日本最大級の乗り換え駅です。
大手町~渋谷

将門の首塚。平安時代中期、関東で挙兵した平将門が京都で打ち首となった後、その首が東国へ飛んで帰り落下の地となったのがこの場所だと伝えられています。平将門の不屈の精神と強い霊力から勝負運・出世運のパワースポットで知られます。

大手町のビル群を抜ける。東京消防庁 本部庁舎の敷地内に設置されているモニュメント『いのち』。中央の円形パーツが守るべき「生命(核)」を表し、それを取り囲むアーチ状の造形が消防職員の手や流れる水を表しています。 メッセージ: 消防職員全員が力を合わせて都民の生命と暮らしを守るという強い意志が表現されています。

日本橋川に架かる錦橋を渡り、神保町方面へ続く千代田通りにはいります。

駿河台下交差点を左折して靖国通りに入ります。明治大学リバティタワーが映えます。

古書街がはじまりました。10月下旬に開催される「神田古本まつり」の紅白提灯が設置されています。

神保町駅(Z07)に到着(9:45)。

神保町交差点で白山通りとクロス。靖国通りをそのまま直進。都営新宿線都歩でも歩いた道です。


首都高速5号池袋線をアンダーパスして俎板橋を渡ります。

九段下駅(Z06)に到着(9:54)。東京メトロ東西線と都営地下鉄(新宿線)の3路線が乗り入れる接続駅です。

九段下交差点で白山通りとクロス

何度も前を通った昭和館。ちょうど開館時間のため、立ち寄ってみました。

昭和10年頃から昭和30年頃までの国民の「暮らし」に焦点を当てています。当時の物品や暮らしを拝見できました。黄金バットの紙芝居もビデオで見ました。骸骨で中世の貴族のような変な服で高笑い。でも、奇抜な見た目は、子供を一目で引きつけるためだったそうです。子供が見たら絶対悪もの。北アルプスにある敵のアジトの鉄扉を体当たりでぶっ壊すのですごかったですが・・・。


九段坂上交差点を直進。二松学舎大学前を過ぎます。

靖国神社南門を左折して大妻通りに入ります。

ピンクと紫のトレニア(夏スミレ)。 花びらの形が唇のように見えることや、次々と小さな可憐な花を咲かせる愛くるしい姿から花言葉は「ひらめき」「温和」「愛嬌」「魅力的な君」。赤い インパチェンス(アフリカホウセンカ)の 花言葉は「豊かさ」「鮮やかな人」「強い個性」「私に触れないで」。

大妻女子大学前を半蔵門に向かって下ります。

押上から休憩していなかったので早めのランチ。ココイチの手仕込みとんかつカレーにカキフライとやさいトッピングの2辛をオーダー

半蔵門駅(Z05)に到着(11:33)。半蔵門線の単独駅です。

麹町1丁目交差点の「そよ風」という彫刻像(山本正道 作)。このあたりの地名は徳川家康が江戸に入った当時、この一帯を流れていた「平川」にちなんで「平河町」と名付けられました。

隼町交差点を右折して青山通りに入る。首都高都心環状線の高架に沿って進みます。

永田町駅(Z04)に到着(11:43)。有楽町線(Y16)・半蔵門線(Z04)・南北線(N07)の3路線が乗り入れています。

江戸城外堀跡 赤坂御門は南北線都歩でも見学しました。


歩道橋で反対側に移動。都会の道路らしい雰囲気

赤坂見附から坂を上ると東北新社車寄せのサンダーバード。ことらは銀座線都歩でも拝見しました。


坂を上り切ったあたりで海抜28.0m。東京としては高台です。

カナダ大使館を過ぎ、青山一丁目交差点で外苑東通りとクロス

青山一丁目駅(Z03)に到着(12:10)。東京メトロ銀座線(G04)、都営地下鉄大江戸線(E24)が乗り入れています。

明治神宮外苑のいちょう並木の正面奥に見える建物は聖徳記念絵画館

南青山三丁目交差点で外苑西通りとクロス

渋谷までは一本道。ハチ公バスも走っています。

表参道交差点で表参道とクロス。巨大な明治神宮の石灯籠

表参道駅(Z02)に到着(12:33)。銀座線・千代田線も乗り入れる3路線の接続駅です。

表参道駅を出て青山通りを進むと、国連大学前でファーマーズマーケットが開かれていました。新鮮な野菜や果物などを扱うテントがずらり。ちょっと楽しい市場の風景です。

宮益坂を下って、宮益坂下交差点へ。いよいよ渋谷駅前です。正面には渋谷109が見え、歩道も交差点も大勢の人でいっぱい。

渋谷駅(Z01)に到着(12:54)。半蔵門線の都歩が完了。同時に東京メトロ全線、都営地下鉄全線の都歩が完了しました!
まだ時間があるのでこのまま東急田園都市線経由で世田谷線を都歩します。
引き続きご覧ください!
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